ココロのことを勉強中!ココです😊
日々の生活の中で
感じていた不安感、怖さは、
母親を通して思っていたことだった。。
さてはて。気づいたものの、
どうしていけばいいのかと
思ったココです。
まず、おさらいとして
母親を通して
感じていた不安感、恐怖というのは
私の母親は弱くて雑魚い母なのだけど
そんな母に対して
私は母の事を
かわいそうな人
みじめな人
人に相手にされない人
友達がいない、さみしい人
無視される人
人に冷たくされる人
バカにされる人
なめられる人
と思っていました。
そして、わたしが社会に対して
不安に思っていたことが
人からどう見られ、どう扱われるかで
具体的にどう見られ、
扱われるのが不安かというと
みじめ
かわいそう
相手にされない
無視される
冷たくされる
バカにされる
見下される
なめられる
ことでした。
そう。
私が母に対して思ってることと
まったく同じだった!
っていうことは
母を通して
社会をみているってこと。
それが府に落ちたのが以前のブログ。
では、ここからどうすればよいのか。
まず、母のことを
かわいそうな人
みじめな人
人に相手にされない人
友達がいなくてさみしい人
無視される人
人に冷たくされる人
バカにされる人
なめられる人
と思っていて
当然、母は楽しそうに生きていない。
そんな母に育てられた私だからといって
自分も同じようになることを
受け入れることなんて当然できるわけなく、
私は母のような人間になりたくない!
母と同じはいやだ!
母と一緒になりたくない!
あんなかわいそうな母と同類になりたくない!
ってとても恐れている。
そんな風に思っているから
当然、世の中に対して恐怖が産まれる。
これがもしダイヤ母で
楽しそうに生きている母だったのなら
わたしも母みたいになりたいって思うだろうから、世界は楽しいものになる。
残念ながらそうではない、非ダイヤな母。
そして
母みたいになりたくないっっ!
って裏には
もう1つ隠れた感情があって
なんだと思う?
ぜひ考えてみて。
それは
それはね。
同情。
実は母をめちゃくちゃ同情してるんだよね。
同情って
相手の事を哀れみの目でみながら
かわいそうだなーと思いながら
この人みたいになりたくないって思ってることなんだよね。
そして、
この同情がどうやら問題。
同情するから、この人みたいに
なりたくない!って思うし、
その人みたいに思われること、扱われことに
恐怖を感じてしまう。
ということは、、、?
同情をやめれば、恐怖がなくなるのかも?
同情をやめるについて、
次回はブログを書きたいと思います😊