化学流産後、なるべくいつも通りに過ごそうと努めていました…がとても難しく、精神的にかなり辛い時期でした。


内科の先生からフェリチンの低さも指摘されていた為、貧血の治療で鉄剤も飲むことになりました。

フェリチンが低いと不妊治療の成功率が下がる可能性があるというネット記事まで見つけてしまい、せっせとレバーを食べたり色々努力することになりました。


フェリチンが低いからダメだったのかな…

何がいけなかったんだろう…

顕微授精までしたのに…

ここまでしてもだめなのか…

みんな夫婦仲良くしてるだけで自然に授かるのに…



考えても仕方のない事なのに辛い気持ちが何度も何度もぶり返すようになり、家で我を忘れて大泣きする日もかなりありました。


夫は性格的にとてもドライな人なので、他人の心に寄り添うのが最も苦手な事の1つです。

なのでこの状態は夫もとても困難な状態に見えました。気遣おうとしてもトンチンカン知らんぷりだったり結果的に寄り添えてない事の方が多いのですが、彼なりに私の心に寄り添おうと努力する姿勢に支えられていました。



精神的に辛くて仕方ないのにわざと妊娠経過が順調な人のSNSを見に行きキラキラマタニティライフを謳歌する姿を見たり、妊娠したら生まれてくるのが当たり前と思っているような人の投稿を見たり(見るだけでコメントなどは一切しておりませんのであしからず)わざと自分の心を揺さぶり傷つけるような真似をするようになってしまいました。




完全に不妊様…




ここまでしてもだめなのか…という意識に苛まれ、とても前向きになれない。

自分でもどうしたら良いのか分からない。お休み周期だから前にも進めない。


想像以上に落ち込んでしまいました。





この時期もう一つ辛かったのが、お腹にいた卵ちゃんが誰にも知られずに消えてしまった事でした。


あの妊娠検査薬の薄い線がここにいるよと言っているように見えた時、卵ちゃんは確かにお腹にいた。育たなかったけど…短い期間だけど…小さな命は私のお腹にいたんだ!という気持ちが強くなり、それを誰かに知ってもらいたい

ここにいたんだよ!

と叫びたいような気持ちになりました。



職場の人には当然何も言ってないし、不妊治療してうまくいきませんでした〜なんて聞いても誰も楽しくなければ気遣わせる事になり誰にも言えない…でも夫婦だけしか知らないのがあまりにも辛い…



移植した日にカフェで会ってくれた親友に、気持ち全て聞いてもらいました。

あと、もう1人前職場の同僚で仲が良かった人にも聞いてもらいました。


相手を選ぶ内容なので、気遣わせるのもとても申し訳なかったのですが2人ともゆっくり話を聞いてくれて、寄り添ってくれました。

ありがとう泣き笑い



お休み周期は1ヶ月とそんなに長くないはずなのに、とても長く感じました。