Coccoインディーズ時代の詩 | 独り言

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好きな詩なので覚え書き。


不思議少女Cockoの短期集中コラム─Naked(bounce 1996.11-1997.4)

むきだしの体-爪

もう何年も前に、 私は真っ赤なマニキュアを買った。
マスカラや口紅とも無関係な年頃で、
もちろんそのマニキュアも、
恐ろしいほど似合わなかった。
それでも私は、
せっせと真っ赤なマニキュアを塗った。
なぜだかわからないけれど、
体中で逃げ場所を探して、
のたうちまわっている痛み達が、
真っ赤な血になって
爪の先から体の外へ出て行くような、
そんな気がして、
私は毎日毎日、赤い爪を創り続けた。
マニキュアの爪を空に透かせて、
海で泳がせるのが好きだった。
ところがしばらくすると
たっぷりのニスに固められた爪は、
息苦しそうにSOSを出し始めて、
周りの大人達は
こぞって赤い爪をとがめ始めた。
私はマニキュアを
机の奥に隠して眠らせて、
いつの間にか
赤い爪のことを忘れてしまった。
でもそれから何年もたたないうちに
今度は足の爪に
赤いマニキュアを塗るようになっていた。
バレリーナだった私の足は、
トゥーシューズのせいで
めちゃくちゃに壊れてしまっていて、
爪もあちらこちらはがれていたから、
これもまた恐ろしくマニキュアの
似合わない爪だったけれど、
初めて主役を務めた舞台のときも、
お守りがわりのように
赤い爪をトゥーシューズの下に忍ばせて、
私はジゼルを踊った。
バレエの舞台に立たなくなった今も、
私はマニキュアを塗る。
どうしようもなく悲しいときや
音を立てて体が崩れ落ちそうなとき、
私はゆっくり足の爪に
赤いマニキュアをのせる。
体中の痛み達が
爪の先から真っ赤な血になって、
滲んで流れ出て、
消えていくような、
そんな気がするから、
私は何度でも立ち上がれる。
トゥーシューズを脱いで、
足の指からマメが消えて、
爪がきれいに生え揃っても、
私はこの爪の先から
血を流し続けて、
これからもずっと
生きていくような気がする。



むきだしの体-指

初めて雪に触れた遠い日のことを
よく憶えている。
沖縄で生まれた私に
雪を見せようと、
ママは飛行機に乗せて
雪山へ向かった。
目の前に広がるのは
白い小さな破片たちの嵐で、
それは手のひらで溶けて消えていく、
夢のお話のようだった。
私は、つないでいたママの手を 無理に振りほどいて、
真っ白なうさぎのコートを着たまま
雪の上をころげまわった。
手袋を脱ぎ捨てて、
わしずかみにした雪は
サラサラとこぼれて、
きしむように固まると
私の指を凍えさせた。
今、思い出してみると
私の指先は
あれからずっと
冷たく冷えたままだった
触れ合うとつめたいから
冬になると
誰もが私の添い寝を嫌がった。
自分の体温よりも、
はるかに冷え切った
自分の指に怯えながら、
私は自分の隅で
まるくなって眠った。
そんな指が愛されたのは、
熱のうなされた人間たちへと
寝不足のほてった瞼への
手当てだけだったから、
私は凍えた指を、
さらに氷漬けにして
つめたくつめたく冷やし、
いつも出番を待っていた。
気が付くと、
調子に乗った私の指は、
温めようとしても
体温を取り戻せなくなっていて、
いつの間にか
手当てを求める声も
聞こえなくなってしまっていた。
風が吹いて、
クリスマスが近づいてくると
私の指は
また冷えていく。
髪をかき上げて
自分の体に指が触れると
私は初めて雪に触れた日を想い出す。
私の目に映った白い嵐や、
ママの手のぬくもりや、
そしてそれを振りほどいた感触。
舞い狂う雪のにおいと、
遠くから、
静かに、
静かに聞こえてくるのは
やさしく柔らかな雪のワルツだけだった。



むきだしの体-肩

私は帰る家がない。
気が付くと私はいつも
自分の居場所を探して歩いていた。
16歳になる頃
私の居場所はバレエスクールにあった。
バレエを愛してやまなかった私は
学校へも行かず
ひたすらレッスンに通った。
私は鉛筆も教科書も持っていなかったけど
レオタードとシューズは
どんな時もカバンの中にあった。
バレエスクールの先生は、
この上なくとぼけていて
おまけに
勝手気ままな人で
彼女の下で指導助手に当たった時から
私は何度も彼女とぶつかった。
それなのに私は
一度も彼女を嫌いにはなれなかった。
子猫のように小柄で
可愛らしく
とても優しい目をした彼女は
しなやかに伸びた首筋から
顎までの空気感が
絶妙に美しく、
なだらかに続く肩の線は
彼女の人生の全てを
語っているようだった。
何を言っても
何を言われても
何があっても
結局、彼女は美しかった。
バレリーナのほとんどは、
筋肉が狂って癖がつくのを避けるため
バレエ以外のスポーツや競技を 禁じられたりする。
でも彼女は、
私を抑制しなかった。
バレエのコンクールに落ちて
すっかりふてくされた私が
突然、バスケ部に所属して
バレエから遠のいた時も、
彼女は何も言わなかった。
ある夏の暑い日
髪の毛をそり落とした私を見て 彼女は大声で笑ったあと
「涼しそうね」とだけ言った。
色の白い彼女は
カルメンの真っ赤な衣装がよく似合った。
なだらかに続く肩の線には
全てを許してしまうような
穏やかさを湛えていた。
バレエスクールで思い出すのは、
決まって蒸し暑い熱気と
トゥーシューズのきしむ音の中で
まっすぐに伸びた小さな体と
なだらかに続く肩をした、
彼女の後ろ姿だった。
何を言っても
何を言われても
何があっても
結局、彼女は美しかった。
とても美しかった。



むきだしの体-腕

この小さな印刷物の中の小さな文章は
一体、誰の目に止まるのでしょう。
ビートルズに夢中だったバカな父親は
この音楽情報誌を読んでいるのでしょうか。
眩暈がするほど美しかったママは
ちゃんと生きているのでしょうか。
いつか私が愛した人たちは
まだあの坂の上で月を見ているのでしょうか。
そして誰が小さな私の存在を
ここに確認するのでしょうか。
横になって天井に手をかざすと
私の腕はしなやかに伸びています。
たった今も、そしてきっと明日も
私はこの異様なまでに細く長い腕を見て
たった1つだけ後悔を憶えるのです。どうしてあの日
私の腕はあなたを殺せなかったのでしょう。
私はあなたを憎んで生きています。
見えますか?
あなたを恨みながら
私はここで生きています。



むきだしの体-髪

15の夏、私は髪を剃り落とした。
目に映るもの全てが怖かった私は
崩れそうな自分に気合を入れた。
セーラー服に眩しいほどの丸刈り姿を
学校中の人間が窓ガラス越しに見てた。
一度気合いの入れ方を覚えると歯止めがきかず
私は手当たり次第のものを切り刻み始めた。
髪の次は両腕を刻んだ。
カッターで切った傷口から血が流れ
止まり、化膿して、そして傷口が閉じると
全ての罪が浄化され、強くなった気がした。
でも、体のどこにも真面な皮膚を探せなくなった頃
私は初めて<髪>が恋しくて泣いた。
泣いても泣いても、
私の頭には、つまめるほどの髪もなかった。
私は冷たい頭を、傷だらけの腕で抱いて泣いた。
夏の朝、目覚めると
ママはチャイコフスキーをかけながら
「早く学校へ行きなさい」と言った。
たっぷりと流れる赤毛を束ねながら
ママはゴキゲンだった。
私は靴をはきながら
ママを憎んだ。
15の夏、空は吐き気がするほど晴れていた。