我が家に来た頃のラッキー君
ラッキー君が産まれたのは。。。1998年4月16日。
1999年初春。友人からの電話。。。
”行き先の無いワンちゃんがお向かいの家に預けられてる。
Kokoさん、飼ってもらえる
”無類の犬好きの私と息子。。。すぐさま友人宅へ。
人懐っこく甘えるラッキー君

しか~し。。。犬と言えど、大切な命

引き取るとなれば、ラッキー君
が一生幸せに暮らせるか。。。その覚悟と、経済力があるか。。。真剣に自問自答する私。。。
その頃我が家には。。。
3才のノエル君
。。。と同い年1才のアンディ君
ん。。。
うまくやって行けるやろうか
私の、そんな心配をよそに。。。またもや息子がひと言。
”おかあさん、ウチでかってあげよう
”息子の言葉に後押しされ、その日のうちにラッキー君
は我が家の一員に
息子と私 &3匹のワンちゃん達。。。おまけのごんべえさん。。。の6人(?)家族です。
2005年4月 アンディ君が短い生涯を閉じ 天国に旅立ち。。。
後を追うように、2005年6月 ノエル君も天国に旅立ち。。。
立て続けにノエル君とアンディ君を失い
悲しみのどん底に居た私を、いつも側にいて慰めてくれたラッキー君

2006年8月 一人息子もアメリカに留学し。。。

でも、君が居たから、お母さんは立ち直れたんやで

2005年からは、ラッキー君
の独壇場
おかあさん(私)を独り占め
。。。って、思ってくれたかなぁ

2007年10月~2009年6月までトルコで暮らし、
2009年6月~2010年7月まで日本で暮らし、
日本滞在中のラッキー君

2010年7月~2011年7月までアメリカで暮らし、
アメリカ滞在中のラッキー君

2011年7月~日本に帰国。。。
人間顔負けの、国際犬になったラッキー君

私の帰国準備不足で、トルコで10ヶ月。。。
アメリカで9ヶ月。。。離ればなれの生活をさせてしまった

ラッキー君
ごめんね。。。淋しい思いさせたね。。。でも、トルコではお義母さんに可愛がられ。。。
アメリカでは、不自由ないホテル暮らしで たくさんの友達も出来たし。。。
よかったのかなぁ。。。楽しんでくれたのかなぁ。。。
全ての束縛(制約)からやっと解き放された2011年7月。
お兄ちゃん(息子)と暮らすべく、帰国したラッキー君

1日遅れで帰国した私とも合流して
久々味わう3人(?)家族水入らずの楽しい生活

それもつかの間。。。
病魔は、足音もたてずに忍び寄っていた。
Cafeのオープン準備や、私の再々婚。。。アッララとの攻防で、
毎日がとても忙しかったある日。。。
ラッキー君
下痢が続き、食欲が無くなり。。。近くの病院で検査をすると。。。肝機能障害。。。
肝臓が、ほとんど機能していないとの事。
タマネギやチョコレートには、しつこい程気をつけていました。
健康管理は、きちんとやっていたつもりです。
お医者様曰く。。。
”先天性。。。又は遺伝性かもしれません。
年を取って、急に発症する場合もありますから”。。。と。。。
日に日にやせ細って行くラッキー君

見ているのが辛い。。。
急激に悪化し、薬も無い状態。
それでも、ラッキー君
、私の側を離れず、私の顔を見上げては尻尾を振って。。。
歩くのも辛いはずなのに、家の中をウンチで汚すのを嫌がって
ベランダに出ようとするラッキー君

”もうイイんやで。。。おかあさん いくらでも掃除くらいできるから”
それでも、ベランダへ。。。
4階のベランダの切れ込みから、下の道路を覗き込むラッキー君

お散歩行きたかったんやろうなぁ。。。
そして。。。遂に。。。
2011年10月5日1:00am。。。
ラッキー君
は私の腕の中で最後の息を。。。13年6ヶ月の生涯を閉じ、天国に旅立ちました。
1ヶ月あまりの闘病。
食べる事が出来ず、下痢が続いてやせ細ったけれど、
最後は静かに。。。苦しまず逝けてよかったね。。。
ありがとう ラッキー君
たくさんの楽しい想い出。。。
たくさんの優しさ。。。
ラッキー君
からもらった たくさんの愛。。。おかあさんは、決して忘れないよ。
最後の2ヶ月半あまり、
ラッキー君
とずっと一緒に過ごせた事、お母さんは感謝しています。
これがお別れじゃないからね。
お母さんの命が終えるとき、
ランディ君 ゆうちゃん ノエル君 アンディ君と一緒に迎えに来てね。
それまで お母さんは、自分の人生 一生懸命生きるから。。。。
一緒に暮らした12年6ヶ月、本当にありがとう
今回ここまで。。。

読んで下さって、ありがとうございます。
次回をお楽しみに。。。



