大地震の日からしばらく経ち落ち着いてきた部分と、あっこんなところにも影響が!って部分と、まだ気を許せない部分と、少しずつ別の見方ができるようになってきた。
けれど、この日本で、こんな大災害が起きたことが信じられないという思いも、なぜかどこかにあって、その度にあの日のことをくりかえし思いだしては、やっぱり本当にあったことだったなと思い、過ごしている。
普段ほとんど外出しないのに、1年ぶりくらいにアメリカ大使館に行っていて、入り口の重い扉の真ん前でセキュリティチェックを受けるのを待っていたときにぐらぐら揺れた。
あらあらあらと思ってるうちに、目の前のビルの窓ガラスが一部パラパラ・・・と割れてブラインドが飛び出してきた。
中学生くらいの女の子と一緒に、受付に置いてあった机の下にもぐる。
隣に自分より弱そうな子がいると思うと妙に冷静になって、大丈夫だからねーといいながら一緒に揺られていた。
少し揺れがおさまって立ち上がったら、大使館の建物の中で職員の黒人男性が目をまんまるにして、片手を挙げ、片手を心臓に当てたまま外を見ているのが見えた。
パニックっていうより、「来たな」とか「しょうがないな」という感情が強かったな。
すぐ近くには赤坂警察署があり、ホテルオークラの避難所もあって、「守ってくれる存在がいる」ということで安心感があっただけかもしれないが・・・
けれど、死にたくない!という恐怖心よりは、諦念のほうがよほど強かったように思う。
ここで死ぬなら仕方ないなと・・・
だからその後、全ての交通が止まり、帰宅困難者となった時の現実的なショックにけっこうガーンときた。
死ぬ覚悟はできてたのにコレか!みたいな。
一気に、現実だと思いたくなくなった。
ヘルメットをかぶって避難所に集まる人々の姿も、新橋駅前や東京駅でおじさんたちに混じって大型スクリーンの津波の映像を見つめている自分自身も、どこかでみた映画のワンシーンのように、自分から切り離して見ていた。
リアルタイムで体感しているのに、回想録を眺めているような感覚にとらわれてた。
現実を生き抜こうとしている人は、とても大変な思いをしていて、悪夢であったらいいとどれだけ思っていることだろうか。。。
ねむい。
続きはまた明日。
けれど、この日本で、こんな大災害が起きたことが信じられないという思いも、なぜかどこかにあって、その度にあの日のことをくりかえし思いだしては、やっぱり本当にあったことだったなと思い、過ごしている。
普段ほとんど外出しないのに、1年ぶりくらいにアメリカ大使館に行っていて、入り口の重い扉の真ん前でセキュリティチェックを受けるのを待っていたときにぐらぐら揺れた。
あらあらあらと思ってるうちに、目の前のビルの窓ガラスが一部パラパラ・・・と割れてブラインドが飛び出してきた。
中学生くらいの女の子と一緒に、受付に置いてあった机の下にもぐる。
隣に自分より弱そうな子がいると思うと妙に冷静になって、大丈夫だからねーといいながら一緒に揺られていた。
少し揺れがおさまって立ち上がったら、大使館の建物の中で職員の黒人男性が目をまんまるにして、片手を挙げ、片手を心臓に当てたまま外を見ているのが見えた。
パニックっていうより、「来たな」とか「しょうがないな」という感情が強かったな。
すぐ近くには赤坂警察署があり、ホテルオークラの避難所もあって、「守ってくれる存在がいる」ということで安心感があっただけかもしれないが・・・
けれど、死にたくない!という恐怖心よりは、諦念のほうがよほど強かったように思う。
ここで死ぬなら仕方ないなと・・・
だからその後、全ての交通が止まり、帰宅困難者となった時の現実的なショックにけっこうガーンときた。
死ぬ覚悟はできてたのにコレか!みたいな。
一気に、現実だと思いたくなくなった。
ヘルメットをかぶって避難所に集まる人々の姿も、新橋駅前や東京駅でおじさんたちに混じって大型スクリーンの津波の映像を見つめている自分自身も、どこかでみた映画のワンシーンのように、自分から切り離して見ていた。
リアルタイムで体感しているのに、回想録を眺めているような感覚にとらわれてた。
現実を生き抜こうとしている人は、とても大変な思いをしていて、悪夢であったらいいとどれだけ思っていることだろうか。。。
ねむい。
続きはまた明日。