ずっと雄ちゃんが好きだった。
ちっちゃな頃から、雄ちゃんは私のヒーローだった。
いじめっ子なんて、簡単にやっつけちゃって、
いつも、「大丈夫?」
って泣いている私の頭を優しくなでてくれた。
学校で、好きな人の話をする時には、いつも雄ちゃんのことを思ってた。
好きな人のイニシャルはいつも「Y N」だった。
私が雄ちゃんに好きだというと、
「ありがとう、」
と笑顔で返してくれて、私はいつも嬉しくて、雄ちゃんの腕に飛びついた。
中学生になって、2つ年上の雄ちゃんは、とても大人に見えた。
でも、私を見ると、にっこりと笑ってくれて、
いつもみたいに、
「ミカ」
と呼んでくれた。
雄ちゃんの卒業式で、私は思いきって、雄ちゃんに告白した。
離ればなれになっちゃう雄ちゃんにどうしても、自分の思いを伝えたかった。
「好きだよ、雄ちゃん、
ずっとずっと好きだよ、」
そういった私に雄ちゃんはにっこり笑っていった。
「俺もだよ、」
ちっちゃな頃から、するみたいに、私の頭をなでつけながら。
私は笑えなかった。
雄ちゃんの「好き」は
私が言っている「好き」
と全然違うのがわかったから。
それでも、私は子供の振りをして、雄ちゃんの腕に飛びついた。
「やったー」
って満面の笑みで。
それで良かった。
嫌われていなければ、嫌がられていなければ、
いつかは私のことをちゃんと一人の女としてみてくれるチャンスがやってくる、そう、信じていた。
私の髪の毛は恐ろしいほど黒くまっすぐで、
短くすると、おかっぱ頭の金太郎みたいになる。
だから、仕方なく、いつも肩より長くのばして、結っている。
新しい制服を着て、鏡の前にたつと、このまっすぐで真っ黒い髪が、
不自然に見た。
今時の高校の制服は、絶対に、今時の子に似合うようにデザインされている。
そういう意味で、私は、少し、古くさい顔をしているのかもしれない。
鏡をこんなに覗いているのは、
今日、学校の帰りに雄ちゃんとデートの約束をしているからだ。
高校が決まった時、
雄ちゃんに一番に報告した。
なんでも嬉しいことは一番に雄ちゃんに伝えたいから。
雄ちゃんは、オメデト、
といってくれた。
それから、
「お祝いは何がいい?」
と聞いてくれた。
私は、
「雄ちゃんとデートっ!!」
と答えた。
雄ちゃんは笑って、OKしてくれた。
渋谷の駅前で待ち合わせをした。
私の進学した高校は、渋谷に近かった。
今日は雄ちゃんも渋谷に用事があるといってた。
雄ちゃんは近頃とても忙しいみたいだ。
雄ちゃんの家に行っても、留守のことが多くて、
メールも時々返事が来るぐらいだった。
時々、っていっても、
高校へ入ってから、雄ちゃんに伝えたいことが多くて、
メールの数がぐんと増えたから、
雄ちゃんもどれにどう返事していいのか、
わからないのかもしれない。
友達には、
「そんなことしたら、フツー、ひくよ、」
といわれたけど、
雄ちゃんにはメーワクだとか、やめろとか、
一度も言われたことないし、返事も遅くなったりするけど、ちゃんとくれる。
でも、内心は、どう思ってるんだろう、って、時々思うけど。
雄ちゃんとの待ち合わせ場所に30分も早くついた。
私と同じように、誰かと待ち合わせしている人が、何人かいた。
みんな、すぐに待ち合わせ相手と会えて、
この場をあとにする。
私はいろんな人を見ながら、
この中でやっぱり雄ちゃんが一番かっこいいと、満足する。
それから、鏡を出して、リップを塗り直した。
鏡の中に、真新しい制服姿の自分が写る。
やっぱり、私のこの髪はこの制服には似合わない。
「少しカラーリングして、切ったらいいのに、」
と、友達には言われた。
私の進学した学校は、校則にうるさくない。
先輩達は、思い思いの髪の色をして、カッコ良く制服を着こなしている。
学校の成績をキープしている生徒には寛大なのだ。
その反対に、成績が落ちると、すぐ留年になるらしい。
私はすっごく勉強が出来る方じゃないけれど、
勉強は嫌いじゃないし、大学へも進学したいと思っているから、勉強はがんばろうと思う。
「今時」と言われる高校生みたいに、
なんでも自由にしたいと思ってるわけでもない。
でも、私のコンプレックスのこの髪を、
この制服に似合うように、どうにかしたいだけだ。
雄ちゃんの髪は、茶色くて柔らかくて、ふわふわしてる。
その髪にさわるととても気持ちがいい。
私はショウウインドウに写った自分の髪を、
雑誌に載っているいくつもの、あこがれの髪型に重ねてみた。
どれもこれも、自分に似合いそうな気がしてきて、
私はいつの間にか、にやにやとしていたらしい。
雄ちゃんの声が、
「なーに一人でにやにやしてんの?」
と後ろから聞こえて、びっくりした。
振り返ると、雄ちゃんが、笑いながら私の方を見ている。
雄ちゃんに会うのは5日ぶりくらい。
会うっていうよりも、私がいつも雄ちゃんを待ち伏せしてるというのが本当は正しいけど。
雄ちゃんと私と雄ちゃんの妹のリサちゃんは、
小さな頃からの幼なじみで、
お互いの家をよく行き来していた。
リサちゃんは私の一つ年下で、
いま、私も雄ちゃんも通っていた中学校の3年生。
私の雄ちゃんへの気持ちを理解してくれてる、
大切な大切な友達だ。
リサちゃんは、雄ちゃんが早く帰ってこれそうだと知ると、
私に連絡をくれる。
「ミカちゃんだったら、おねえちゃんでもいいなー。」
なんて、素敵なことを言ってくれる。
そうして、私は高校も違って、
自分のことでとっても忙しい、雄ちゃんに何とか会うことが出来ている。
私は雄ちゃんの前で、くるりと回ってみせる。
制服姿を見せるのは、初めてだ。
雄ちゃんは、左の眉毛を少しだけ動かして、
「いいんじゃないの、」
とあまり興味なさそうに言った。
私は、
「似合わない?似合うよね、?似合うって言え!!」
と雄ちゃんの賛辞が聞きたくて、雄ちゃんに迫る。
雄ちゃんは苦笑いしながら、渋々と言った感じで、
「あー、似合ってる似合ってる、」
といった。
私は雄ちゃんの腕に飛びつく。嬉しくて飛びつく。
雄ちゃんは、仕方ないなあ、というような顔で、手をポケットに突っ込んだ。
私は少し見上げる雄ちゃんの横顔を、幸せいっぱいな気分で見つめた。
ああ、やっぱりかっこいい。
雄ちゃんの彼女です、といえたらどんなに毎日が幸せだろう。
私が見る限りでは、雄ちゃんに今のところ、特定の彼女がいるとは思えなかった。
リサちゃんの部屋での待ち伏せで、
家に彼女を連れてきたことはなかったし、
いつもいつも雄ちゃんを見ている私が気づかないんだから、きっといないんだろうと思う。
過去には、そう多くないけれど、
雄ちゃんが好きになってつき合った人がいる。
でも、雄ちゃんの仕事が忙しくなるにつれて、彼女の顔を見なくなった。
雄ちゃんの落ち込みは一ヶ月くらい続いて、
それから立ち直った後は、多分いないんじゃないかなと思う。