住まいのない人の生存権を侵害する「現在地保護」の解釈変更を行わないよう求める意見書 | すくらむ

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 ※生活保護問題対策全国会議の意見書を紹介します。


                              2011年2月15日

  住まいのない人の生存権を侵害する
  「現在地保護」の解釈変更を行わないよう求める意見書


      生活保護問題対策全国会議 代表幹事 弁護士 尾藤廣喜
      〒530-0047大阪市北区西天満3丁目14番16号

              西天満パークビル3号館7階
             あかり法律事務所

              電話06-6363-3310 FAX 06-6363-3320
                   事務局長 弁護士 小久保哲郎


 第1 意見書の趣旨


 1 生活保護法19条1項2号に違反し、住まいのない人の生存権を侵害する「現在地保護」の解釈変更は行ってはならない。


 2 他の自治体への誘導行為の根絶のためには、保護申請者への生活保護に支障を来たさない以下の方法で対処すべきである。


 (1)住まいのない人についての生活保護費は全額国庫負担とする。


 (2)現在地での保護実施自治体から、誘導自治体に対する保護費の求償制度の創設


 (3)生活保護監査による是正


 第2 意見の理由


 1 はじめに


 失業率の高止まりが続き、非正規雇用の増大に歯止めがかからないなかで、居所を定めず、仕事を求めて転々とせざるを得ない人が増えている。こうした人たちが困窮状態に陥ったときには、その人の「現在地」(所在している場所)を所管する福祉事務所が保護の責任を負う(生活保護法19条1項2号)。ところが、そういう人に対して、「他の自治体に行けば保護が受けられる。そこまでの交通費を出す」などと言って、他の自治体へ誘導し、結果的に他の自治体に保護が集中する事態が発生している。このような運用は、生活保護法19条1項2号に違反する悪質な行為であることは明らかである。


 このような事態への対応策として、政府は、「社会的包摂システム(仮称)」案を検討しており、2010年中に成案を得るとの方向性を出していた(未だ成案は公表されていない)。同案は、居住地のない保護申請者について、3カ月前までに他の自治体に住まいがあった場合には、その自治体が生活保護の実施責任を負い、費用はその自治体のある都道府県が負担するというものである(一定期間後に現在の自治体に移管する)。


 しかし、以下述べるとおり、この案では、現在の自治体と以前住まいがあった自治体との間で実施責任についての押し付け合いが起きることは必至である。とりわけ、住まいがない保護申請者にとって、現在地での保護がスムーズに適用されないとなれば、たちまち生存の危機に瀕することとなる。しかも、生活保護法19条1項2号の解釈の範囲を逸脱しており違法であることが明らかであるから、到底容認できない。


 2 「社会的包摂システム(仮称)」案の概要(平成22年5月24日セーフティ・ネットワーク実現チーム資料84頁以下参照)


 (1)問題意識


 前項1で述べたような事態を避けるため、適切な支援や保護を行うには、(ア)実施責任に関するルールの明確化、(イ)実施責任をめぐる自治体間の調整の仕組み、(ウ)支援・保護の手がかりを得られない要支援者に対する援助が必要とする。


 (2)現在地保護、費用負担に係る新たなルールの明確化


 ① 居住地のない者に係る保護の実施責任について、保護開始前3カ月以内に居住地を有する者については、一定期間内(例えば1年間)は、当該居住地を所管する保護の実施機関が保護の実施責任を負うこととする。(生活保護法第19条第1項第2号の解釈変更)


 ② その際の費用負担については、保護の実施機関ではなく、都道府県が負担することを明確化する(生活保護法第73条の解釈の明確化)。


 (3)前3カ月以内に居住地を有していたかどうかの判断基準


 ① アパート、社員寮は住まいとみなし、それらを所管する自治体の実施責任とする。


 ② 簡易宿泊所、無料低額宿泊所、シェルター、カプセルホテル、病院、社会福祉施設は、住まいとみなさず、要支援者が現在所在するところを所管する自治体の実施責任とする。


 ③ 継続して路上生活の場合も、要支援者が現在所在するところを所管する自治体が保護を実施する。


 (4)自治体間の調整


 自治体間で実施責任の調整がつかない場合は、都道府県又は厚生労働省が調整する。


 (5)実施機関が可能な業務委託の範囲


 実施責任を負っている保護の実施機関が、被保護者が生活している地域のNPOに対し、保護の決定及び実施に関する事務を除く業務(就労支援・訪問調査等)の全部又は一部を委託できることを明確化する。


 3 「社会的包摂システム(仮称)」案の問題点


 (1)生活保護法19条1項2号に違反する


 生活保護法19条1項は、保護の実施責任について定めた条文である。同条項1号は、居住地のある者については、その居住地を管轄する福祉事務所が実施責任を負うことを定め、同条項2号は、居住地がないか明らかとならない者については、その者が現在所在する場所を管轄する福祉事務所が実施責任を負うことを定めて、もって、実施責任の重複も漏れもないようにしているのである。


 そして、同条項2号にいう「現在地」とは、「保護を必要とする状態の現に発生して所在している場所であって、一時的なると否と、又現在する理由が強制なると否と、自然的障害によると否とを問わ」ず,「保護を開始する場合の瞬間的事象の場所の意義」とされている(小山進次郎「改訂増補生活保護法の解釈と運用」308頁)。すなわち、「現在地」とは、要保護者が現に物理的に所在している場所を言い、そこに存在するに至った経緯や理由は問わない概念なのである。


 そうすると、居住地のない者がA市を訪れた場合、実施責任を負うA市がこれをB市に送り込むことが違法であることはもちろんであるが、送りこまれた先のB市が、送りこんだ先のA市に押し返すこともまた違法であることが明らかである。現在、B市にその者が所在している以上、B市が実施責任を果たす義務があるというのが法の建前なのである。


 しかるに、「社会的包摂システム(仮称)」(案)は、居住地のない者については、一定期間(例えば1年間)は、3カ月前に居住していた地を所管する実施機関が実施責任を負うこととする。これは、「新たな居住地特例を創設し、一定期間は、これまで生活していたA市を現在地とみなす」ものと説明されている。つまり、居住地のない者について、現在その者はA市に所在せず、B市に所在しているにもかかわらず、3カ月前に居住していたA市を「現在地」であると擬制してA市に実施責任を負わせるという「荒技」を法19条1項2号の「解釈変更」で行おうというのである。


 しかし、このような解釈は、法19条1項2号に「但し、保護開始前3か月以内に居住地を有した者は、一定期間(例えば1年間)当該居住地を所管する実施機関が実施責任を負う」という文言を加えるのに等しく、解釈の範疇を超えていることが明らかである。居住地がないか明らかでない者については、現在その者が物理的に存在する場所を管轄する実施機関に実施責任を負わせることによって、すべての国民に対する実施責任を遺漏なからしめようとした立法者の意図にも反する。


 かかる違法な解釈変更は、極めて乱暴であって断じて容認できない。


 (2)居住地のない者が保護から排斥され生存権を侵害される


 同案が実施された場合、以下具体的にシミュレーションすれば明らかな通り、自治体間で消極的権限争い(それぞれが「自分のところに権限がない」ことを主張)が発生し、「たらいまわし」「押し付け合い」となって、居住地のない者が生活保護から排斥される結果となることが必定である。


 ① A市にいる居住地のない者はB市の窓口にたどりつけない


 例えば、住まいのない要保護者Xが、現在所在している自治体B市の福祉事務所に生活保護の相談に訪れた場合、B市は、Xの前3カ月以内の居住地を聞き取る。ここで、A市の社員寮にいたことが判明した場合、「社員寮があるA市があなたの生活保護の担当をすることになる。A市と相談してください」となる。


 この場合、B市の職員が責任をもってA市に取り次いでくれればよいが、Xが自らA市に相談することを要求されると、ホームレス状態にあるXがA市に相談することは、両市がよほど近隣でないかぎり、物理的に不可能であることがほとんどであろう。その場合、A市の窓口にたどりつくこともなく、Xは保護から排斥されて路頭に迷うことになる。


 ② A市とB市の「おしつけあい」が生じる


 仮に、B市からA市に連絡がなされたとすると、A市は、3カ月前にXが同市内に居住していたかどうかの事実を確認することになる。ここで生活保護法19条1項1号にいう「居住地」は客観的な居住実態によって判断されるべきもので、住民登録の有無などの形式的な確認によって判断されるものではない(前掲小山307頁)。そうすると、A市の職員は、Xが申告した社員寮に訪問や架電するなどして、Xが過去に居住していた事実を確認する必要がある。


 しかし、自らに実施責任を生じさせるために、こうした面倒な事実調査をA市職員が積極的かつ迅速に行うとは到底考えられない。その場合、B市はA市に居住実績があると考えるが、A市はB市に居住実績があるとは認めないという「押し付けあい」が生じる。


 ③ 厚労省は都道府県が調整などできない


 案では、「自治体間で実施責任の調整がつかない場合は、都道府県又は厚生労働省が調整する」とされている。


 しかし、たとえば、上記の居住実績をめぐる見解の相違の場合、居住実績の事実調査を行ったうえで、どちらかの市に軍配を上げないかぎり効果的な調整をすることはできない。都道府県や厚生労働省が、こうした個別の事実調査をいちいち行うことは到底期待できないから、調整によって自治体間の紛争が解決することなどあり得ない。


 ④ A市がB市のNPOに調査を委託することは許されないし、うまくいかない


 仮に、A市が、Xの過去の居住事実を認めたとすると、A市が、Xについて、生活保護の要否判定を行うこととなる。離れたB市にいるXについての調査をA市が行うことは困難であるため、案では、「被保護者が生活している地域のNPO等に対し、保護の決定及び実施に関する事務を除く業務(就労支援・訪問調査等)の全部または一部を委託できること」とするとしている。


 この案は、X本人との面接聴取をA市のNPOに外部委託することを予定していると思われるが、このように保護決定に至る調査の主要部分を実施機関が行わず、外部のNPOに委託することが現行法上許されるとは考え難い。なぜなら、保護の要否判定に際しての調査と判断は、調査を行いつつ心証を形成し、疑問の残る点についてさらに調査をしながら最終判断に至る点で相互に動的に関連しているものであって、調査のみを切り離して外部に委託できるような性質のものではないからである。


 また、そもそもA市がB市に所在するNPOを選定し、その協力をとりつけることが極めて困難であると予想される。仮に、B市が予め用意したNPOをA市に紹介するスキームを予定しているのであれば、そのようなNPOにA市が業務を委託し、相互の連携がスムーズにいくとは考え難い。なお、この点、案自体が「自治体間の業務委託については、・・・自治体間での調整は非常に困難であることが予想される。」と自認しているところである。


 以上のとおり、このシステムが実務上うまく機能するとは到底考えられない。手続きのすべての場面で極めて煩雑で真面目に事務を執行しようと思えば著しく事務量が増大する。これはすべて、現在地保護の制度を歪め、実際は現在地ではないA市が現在地であると強弁して実施責任を負わせるという乱暴なシステムであることに起因している。なお、厚労省からこのシステムに関する調査を委託されている東京都は、早々と「都内においては、居住地を失った後の移動が多く(例えばA区のアパートを出てB区で路上生活を送るなど)前居住地の確認等の事務が煩瑣となることから、現行の現在地での保護を行う」との判断を示しているところである(平成22年11月東京都福祉保健局生活福祉部保護課「生活保護法関係ブロック別事務打ち合わせ会議(後期)資料」)


 第3 他の自治体への誘導行為の解決策の基本的視点


 自治体が現在地保護を守らず他の自治体への誘導(たらい回し)行為を行う原因は、生活保護を実施した場合の自治体の財政負担(4分の1)や、住まいの確保等の手間等ケースワーカーの負担増などである。このような誘導行為をなくすためには、何よりも、住まいのない人の生存権を保障する観点から、こうした人への生活保護適用に支障を来たさない解決方法が必要である。


 1 住まいのない人についての生活保護費は全額国庫負担とする。


 生活保護法73条1号は、「居住地がないか、又は明らかでない被保護者につき市町村が至便した保護費等の4分の1」を都道府県が負担しなければならない旨規定している。その趣旨は、「居住地がないか、又は明らかでない者、即ち、各地を転々として流浪する浮浪者、乞食、又は刑務所を出所した者・・等に関する費用についてまで、地縁関係が全くなく唯偶発的事情によって保護をなしたところの市町村に負担せしめることはいささか酷に失するので、これらの者に関する費用については、都道府県がこれを負担することとし」たと説明されている(前掲小山800頁)。都道府県負担とされたのは、当時は、県境を超えて移動することは稀であったことによる。


 しかし、今日においては、県境を越えて全国的に労働者の移動、流動化が当たり前になっている。


 よって、生活保護法73条本文の「都道府県」を「国」に改正し、住まいのない人の保護費を全額国庫負担とし自治体の財政負担を無くすことこそが、自治体間の押し付け合いを回避し、迅速な保護を可能とするための王道である。


 2 現在地での保護実施自治体から、誘導自治体に対する保護費の求償制度の創設


 保護申請者に不利益を及ぼさないためには、まずは現在地の福祉事務所が生活保護を適用した上で、誘導自治体に対して、支給した保護費を求償できる制度を法改正によって創設することも検討に値する。


 3 生活保護監査による是正


 上記のような法改正がなされるまでは、生活保護監査において、誘導行為による保護申請回避等を加え重点的に監査し、誘導行為が明らかになった場合には、誘導自治体名を公表するなどして厳しく指導すべきである。また、誘導行為が明らかになった自治体に対しては、地方交付税の算定等にあたって一定のペナルティを課す仕組みを導入することも検討されてよい。

                                       以上