2025年から2026年になった。今は母が作ってくれたお雑煮を食べたり、テレビでニューイヤー駅伝を観たりのんびりしている。
年が変わっても急激に何か変わることはない。
2025年はなにをしていても消えたかった。楽しいことをしていても、美味しいものを食べていても、ひとりでぼんやりしていても、ずっと消えたい気持ちを抱えていた。それは年を明けた今も感じている。
それが双極性障害のせいなのか、性格由来によるものなのかはわからない。それでもこの消えたさはいつどこでもやってくるからしんどい。
それでも、2025年を生きることが出来た。これは奇跡だと思う。「自分って生きてていいのかな?」何度も自分に問いかけた夜を越えて、腹の底が煮えたぎる感覚を越えて、今ここに存在している。
自分は影響力のあるミュージシャンではないと思うし、この言葉が届くのはきっと数人にも満たないだろう。
それでも、こんな自分が言うのもなんだけど、同じように苦しんでる人には生きていて欲しい。どんなに苦しくても、良いことなんてなにひとつなくても、それが今年の僕の願いです。無責任ですいません。生きててほしいんです。
あらためてあけましておめでとうございます。何も変わらなくても、あなたにとって少しでも穏やかに息が出来る日が増えますように。出来ることならば美しい景色が少しでも増えますように。
板橋晃紀