ブログのデザインを変更してしまった。

あんまりすてきだったから。
人生初、劇団四季。
人生初なのに(なのに?)、ファミリーミュージカル。
とっても、とってもたのしんだ。

なんにせよ、
圧倒的な力の差を見せつけられたいわけで。
素人とプロの
圧倒的な力の差を見せつけられたいわけで。

完璧にプロフェッショナルでした。

さすが。

大人向けの劇団四季もぜひ観たい。

ああー、あたしはやっぱり、舞台がすきだ。

名古屋、伏見の劇場で観たのですが、
「専用の劇場を建てちゃうって、ものすごいことだよね…!」
と思わずつぶやいたわたし。
隣にいたひとには、よく意味が伝わらなかったかもしれない。

$針振り切れる喜び求め行きしなも、
帰りしなも、
なぜかとってもうきうきしていて、
劇団四季のおかげか、
隣にいたひとのおかげか…、
と思っていたけれど、

気付いた。

陽気のせいだ。

1年でいちばんすきな季節がきている!

春の後、夏の前。

歩きたい、歩きたい。





今日、時間ができたので、遊ぼう、という話になって、
どこへいく?と言われたので、
ふと思いついたのが、豊田市美術館。

「PLAY/PRAY あそぶ美術、おもう美術」

ぶらぶら行ってきたわけです。

美術館ってね、そんなに馴染みがあるわけではないのですけれど、
すきで。

こっちに来てから、来たのは2回目。
2回とも、同じひとと来たんですが、
ひととおり、観て、観終わる頃に、そのひとが、ぽつり。

「美術館に来ると、いっつも怒られる。」

そうなんです。

前回も怒られたわたしたち。
今回も怒られた。

いや、大人ですからね、
別にガミガミ怒られるわけではないのですが。

ふたりで入っていくと、なぜかマークされるんですよね、学芸員の方に。

こいつらぜったい触る、と思われるんでしょうね。
ま、触るんですけどね。

「傘は傘立てに入れて鍵をかけてください」
からはじまり、
「フリスビーは時間になるまで投げないでください」
「中から投げるものなので外では投げないでください」
「触らないでください」
「息を吹きかけないでください」
「もたれないでください」

しまいには
「話さないでください」「もう来ないでください」
まで言われるんじゃないかくらいの勢いです。

大事なのはわかる。

しかし

なにが「あそぶ美術」じゃ。

あそばせい。



わかってるんですけどね。
美術を
芸術を
体感するということと、
その狭間が。

あなたは、たのしんでいるのですか、これを。
「あそび、おもって」いるのですか、この「美術」を。


たのしみたい。




$針振り切れる喜び求め小林賢太郎に会ってきた。

とにかくわたしは、彼に会いたかった。

そして、
見ず知らずのひとがたくさん集まって、
ただ、ただ、
目の前のことをたのしむという、
そういう豊かな場に行きたかった。

LIVEPOTSUNEN 2011 『THE SPOT』
静岡公演 @ 東静岡グランシップ


延々続く拍手、スタンディングオベーションの真ん中で、

「自粛ムード漂う中、そして平日の、このような雨の中」
来てださってありがとう、と彼は言ったけれど、

「自粛ムード漂う中、そして平日の、このような雨の中」
公演をしてくれたことにこちらこそありがとう、だ。

栄養が、必要だし、
みんなでたのしむということが、必要だ。

なくならないで。



東静岡のグランシップは、とても思い入れの深い劇場。
じつは一度だけ、そのステージにあがったことがある。
あの劇場は、芸術を愛するひとたちがつくった、情熱の場だ。
そんなグランシップを、
去年のLIVEPOTSUNEN 2010に続き公演の場に選んでくれたことも
ほんとうにうれしかった。
(カーテンコールで言っていたけれど、じつは彼の生誕の地らしい)

なくならないで。


去年今年と小林賢太郎ソロライブに一緒にいった連れは、
「これはいよいよ、ラーメンズを観ないといかん」
と帰り際につぶやいた。


わたしの部屋では、
テレビがついている時間より
ラーメンズのDVDが流れている時間の方が、
おそらく長い。


虹をみた。

$針振り切れる喜び求め


晴れていたのに
急に雨が降り出して、
天気雨だね、きつねの嫁入りって最近の子は知らないらしいよ、
なんて話していたら、
隣にいたひとが、
これは、虹が出るね、と言ったので、振り返ったら、
虹が出ていた。
端から端まで全部みえた。
もしかしたらこういうふうに全部みたの生まれてはじめてかも、と思った。

うわあ、虹だ、と思って、携帯で写真を撮っていたら、
すきなひとからメールが来て、
そこには
同じ虹の写真が添付されていた。

同じ虹。

なんか、
はじめて、わかった。

同じ世界に生きているということが。


針振り切れる喜び求め-2011032711530000.jpg

すっきり!

アロマテラピーインストラクターの試験を終えてきました。

これのおかげでいろんなことを勉強できたし、
(やってる最中は大変で泣きべそかいてたけど)
試験問題もたのしんで解けたし、
(たのしみすぎて試験官にマークされたけど)
手応えもあったし、
(自信ない問題もあったけど)

も、
結果はどっちでもいいわあという気分。

アドバイザーの試験のときは、
6階立ての建物まるごと試験会場かってくらい人がいたけど、
今回は112人。
だいぶ減るのね。

たまたまいちばん後ろの席だったわたしは、
みんなの後頭部を見渡しながら、
ここにいるひとみんな、
一生懸命勉強したんだろうなあ
大変だっただろうなあ
てゆか大変だったよねえ!!!
とひとりで若干感極まり、

みんな、みんな受かればいい!!!

と思いながら問題を解いておりました。

知識がちゃんと身に付いたひとは受かるだろうし、
そうでなかったひとはまたもうちょっと勉強すればいい。
それだけのこと。

試験って、
他の誰かに自分の価値を計られるもののように捉えがちだけど、
そうではなくて、
いまの自分を知る、それだけのためのもの。
身長と同じ。体重と同じ。
いいでも悪いでもない。

あるひとつのラインに対して、
いま自分がどのくらいの位置にいるか。
到達しなければ、そうか、と知って、別にやめてもいい。
辿りつきたければ
辿りつくまでやるだけだ。

誰かがわたしを選別するのではなく、
わたしがわたしを知るだけのこと。

アロマテラピーインストラクターでも
期末試験でも
大学受験でも
同じことだ。
(と思って生きてきた。)
(就職活動とかオーディションとかはちょっと違う)



あー たのしかった!
よーし次は違うことしよー!

とりあえず、
春は恋をしなくてはいけないので
かわいい服を買って帰ります。
髪も切らなくっちゃ。
受験生モードのわたし、手を抜き過ぎ。




天気もいいよ。

らーぶ!
針振り切れる喜び求め-2011032511430000.jpg


なかなか元気なんて出なくって。

出てくることばもなくって。




わたしの部屋にあるなんだかわたしには不釣合いな蘭の花。

3年くらい前に、
近しいひとから譲りうけたもの。

もともとは彼が店舗用に買ってきたらしいのですが、
どうにも元気がなくって、枯れかけていて、
お店にはもう置けないなあ…、と言っていたのを、
きっとまた咲くよ!となんの根拠もなく言い放ってもらってきた。

絶対、また咲かせよう、と思ってもらってきた。

もうこれで、5回目のお花。

お水と日光しか、あげてないのにね。
手入れも、わからないから、わさわさだけど、

うつくしいな。

たくましい、お花。


ちなみにこの蘭は、
デンドロビューム セカンド・ラブ トキメキ
というお名前!

知ってびっくり。

そりゃ、咲くわ。


余裕が無くって、本も読んでないけれど、
だいすきな同い年の山崎ナオコーラ「ここに消えない会話がある」

タイトルだけでも癒される。

文字って、
偉大だな。



あたし、
この春のテーマは
「恋」
にする。




という文字をみて
最初に頭に浮かんだのは、

ああ、なつかしいなあ…

という気持ちだった。


あかんて!!!!










みんな、元気だといい。




針振り切れる喜び求め
ちょっと前から
読みなおそう読みなおそうと思っていて
手が出ず
今日やっと時間ができて
ふと手に取ったらまあ
読んでる間中涙が止まらないという。

さびしさとあったかさでできている本。
「三月のライオン」



読み終わった後にひさしぶりに、
わたしの尊敬するひとについて、思いを馳せた。

2007年6月8日に出会ったそのひとは、
とてもやさしいひとで、
わたしは、
こんなにやさしいひとには会ったことがないと思った。
こんなにも、自分よりも他人を優先できるひとには会ったことがないと思った。
何を栄養にしたらそんなことができるんだろうと思った。

一緒にいる時間が増え、
お互い考えていることを分かち合い、
大爆笑も大ゲンカもして、
やさしいだけではないということもよくわかった。
ただ欲がないだけでも、純粋なだけではないこともよくわかった。

それでも、
そのひとにそんな一面があるとわたしが覚えている限り、
忘れられない感動のシーンをわたしが覚えている限り、
わたしはそのひとを一生尊敬しつづけるだろうと思う。

それを思い出せてよかった。

ちょっとした日々の嫌なことに、
わたしの感動が負けてしまいませんように。



「もしもし下北沢」も読みました。

針振り切れる喜び求め


それぞれの戦いを生きていくしかなかった。
だって、死んでしまうわけにはいかないのだし、
生きるしかないのであれば、
意地をみせるしかない。




よしもとばななの品のなさがすきだ。


本との出会いは、ほとんど奇跡だ。
だって、どうしたって全部は読めないもの。