三重県に行ってきます | Science and Law in Society (SLS)~~中途半端も極めれば専門さ~~

三重県に行ってきます

サイエンスインタープリターの授業の一環で

土日で三重県の水産総合研究センター(養殖業をやってるところ)に

フィールドワーク+勉強会に行ってきます。


そして今日は他学部・社会人飲み(+慶応飲み)があるので、お酒は控え気味にしないとなと思いつつ

根抵当権について勉強しています。

根抵当権ってすごいですね。



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科学技術ライティングの課題として

サイエンスポータルにリレーで記事を書く?というものが出されました。

お題は『僕の科学事件』だそうです。

理系の進路を選ぶ際の事件をもとに何かを書けと。


下書き的にこんなものを書いてみました。



僕にとっての科学事件・・・これは困ったなーというテーマである。というのもちょうど理科系か文科系かを選ぶときに何がきっかけだったかというとこれといったきっかけはないのだ。僕は虫取り少年だったし、自ら進んで子供向けの免疫や病気の本を読む男の子だったのだ。それに小学生の時点で担任の先生に『理科室で実験やれるのは何年生からですか?』としょっちゅう聞くくらいに理科が大好き。文系の道に進もうと考えたことなんて20秒にも満たないくらいだ。


 それでも何とか過去の記憶をたどってみるに、1つだけ考えさせられる出来事が高校時代にあったことを思い出した。それは高校のある先生と面談したときのことである。進路相談をしていて理科系に進むことを告げると『理科系に進んだら出世できないけどいいの?』と言われたのである。ちょっとませた男の子だった僕は文科系じゃないと出世できないことはテレビや雑誌で何となく知っていたけれども、いざ先生にその事実を突きつけられるとちょっとびっくりしたのを覚えている。


 その先生の言葉が本当だったとしても、僕は自然科学の『なぜ?』を考える方が合ってると思っていたので、特に気にすることもなく理科系の道を選んだ。


 それから10年経って、先生が言っていた意味が少しだけわかってきた気がする。日本はその他の国と比べて経営者や大臣で理科系の占める割合が断然低い。官僚の世界も文系職で入らないと出世できないことが大体は決まっている。博士課程まで研究しても職がない。大学院に進んでその現状を身の回りの友人を通して実感できてしまった。


 こんなことを書くと『いやいや、実験することが何よりも楽しみでイキイキと過ごしている博士課程の学生はたくさんいるぞ』そんな声が出てくるだろう。もちろんその通りで、研究が好きで好きで見ているこっちも楽しくなってしまうくらいに研究に没頭している友人も結構な数いる。ただ、強調したいのは僕のような中途半端に科学が好きな人間は研究の現場を離れざるを得ないということだ。


 せっかく研究が楽しくなってきたとしても修士で出ないと就職先がないから、博士課程まで行ってもポストがあるかわからないから、結局は文系就職しないと経営サイドに回れないから、そういう理由でちょっと科学が好きなくらいでは居づらい環境が日本の研究現場にはると感じる。要するに、研究でも文系就職でもどちらでもよい人間が文系就職側に流れてしまっているということだ。例えば僕のように。


 10年前の僕がアーレニウスの化学にワクワクしたように、今でも書籍部に行くと生化学関連の本に足を止めることがある。いつの間にかTHECELLは第五版になっていて、愛読していたエリオットの生化学も第三版になっていた。パラパラとページをめくってみると高校生の頃と変わらずにワクワクする自分を再認識する。


 それでも僕が研究者の道を選ばなかったのは何故だろう。研究以外の分野に自分に適性があったからで片づけてしまってもよいのだけれども、ほんの少しは他の要因がある気がする。


 僕にとっての科学事件である先生の一言。それは日本社会における理科系の位置付けをはっきりさせたものに過ぎないし、当時の僕が理科系の道を選ぶことと何の関係もなかった。けれども10年以上経って、それは僕にとって科学事件だったことに気が付く。なぜなら僕はちょうど10年後に理科系の大学院ではなく文科系の大学院に進んだのだから。