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びりやあどは看護婦㊟か?

結論から言って…そんな訳はない…

(資格があったらとうのとっくに仕事に就いてるっつーの…)

だとしたら…

なんで余計な医学知識を持っているか…


厄介な持病を抱えて長い向きは想像がつくはずなのだが…

病人を長い間やっているといろいろな知恵がつくものだ…

ましてや原因不明の難病となればなおさらのこと…


二十歳の夏に診断を受け…一か月ほど入院して無理矢理退院させてもらったのだが…

ほとんどノイローゼ状態で…毎日のように医学書を引っ繰り返していた時期がある…

ほどなくしてうつ状態に陥り…軽くなったときはメンタル関係の記事も読んだ…


精神的に落ち着いてきても当然ながら病気に対する不安が消えるはずもない…

医者に聞いても詳しいことは説明してもらえない…

(突っ込んだ質問を医者にすると大抵嫌がられるのは割と知られた話…ぶち切れられたことすら一度ならずあった…)

となると自分で調べるしかない…


診断を下されるはるか前…小学5年生くらいから似たような症状はあった…

もともとその頃から消化器関係の知識は備わっていたために…

検査中に医師から病名を聞いた時は「ああ…あれか…」みたいなのはあった…


以来22年と7か月…

最低限の健康管理をするには病気に関する最低限の正確な専門知識が必要不可欠であることを強く感じている…


去年来…関連するもう一つの特定疾患である「強皮症」の症状がはっきり出るようになってきた…

確定診断はまだだが…まず間違いないだろう…

日に日に手や足の皮膚が硬くなって…感覚が失われつつある…

不意に裂けては出血し…傷口は縫わねばならないかと思うほどの深さである…

何かが軽く触れるたびに飛び上がらんばかりの痛みが走る…


これから一体どうなるものか…

自分の体に必要以上の関心を払うのは精神衛生上よろしくないとはいうが…

経済的においそれとは医者にもかかれない以上…それこそ「頭でっかち」になるしかないのが実情…

余分な知識も増えようというものである…


定期的に病院通いしていた時は…たまに医者や薬剤師に薬の名前等を聞かれたものである…

「えーと…あれ何て言ったっけ」

「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)です…」

…てな具合にである…


ビリヤードも消化器関係も…

アマチュアでありBクラス程度はあるかもしれない…

あるいはもっとか?


いずれにせよ…

「継続は力なり」である…

望むと望まざるとにかかわらず…⑨


(㊟:「看護婦」という名称は現在では使われていない…使うと性差別につながるので気をつけてね❤正しくは「看護師」どS…)⑩


(び)

先祖について…

さっき祖父の話をupしたのだが…

俺自身は祖父と面識はない…

物心つくかつかないまで祖母と一緒だった…

祖父も祖母も…母がほとんど独りで看取った…

元気な時は祖母にはよくお守をしてもらった…


すぐ近くの京急新逗子駅は当時はまだ京浜逗子駅と逗子海岸駅とに分かれていたが…

二つの駅間は僅か200メートル程度しかなく…

京急の古い車両がかなりゆっくりしたスピードで行き来したものである…

俺は幼い時から電車が好きだったらしく…

よく祖母に連れて行ってもらっていた…


俺を背負って線路際の道を…

俺に話し掛けながらゆっくりゆっくり歩く祖母…

祖母の思い出は他はお葬式の時のことしかない…

脱脂綿を砂糖水につけて祖母の口元を湿らした…

母がしきりに泣いていた…


そのくらいのことしか覚えていない…


二人とももう故人だが…

絶対に忘れてはならないと思う…


亡くなった人がどこかで生きていて自分たちを見ているという考え方には賛成しかねるのだが…

故人に敬意を払いつつ生活することは大切だと思う…


俺が母親や先祖の墓にときどき行っているのは…

死んだ人々を崇めたてまつるためではない…


ただただ忘れないため…

そのためにほかならない⑩


(び)

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遠い昔の話

最近「とっちら…」がカブっているので…

少しくだけた話を…

と言いたいところなのだが…

むしゅーにゅーの身で遊んでいるわけにもいかん…

くだけた…とまではいかないが…

少し脱線するくらいにしておこう…

(単車は脱線しないからね…電車じゃないからね…)


実はうちの父方の祖父というのは…お囃子の世界では昔はそこそこの人だったらしい…

戦後…神田囃子保存会の会長としてその復興に携わった人と教わってきた…

なんでも…東京オリンピックの開会式でお囃子を披露したとも聞いた…

その息子(つまり俺の伯父であり父親の兄)も後を継いで会長を務めていた…

(伯父はテレビ出演したことがあり…小柳ルミ子さんと一緒に映った写真が家にある…新聞社のカメラマンが撮影したものらしい…)

伯父の内縁の妻は里子を10人ほど育てたと聞く…

この女性は俺の名付け親でもある…

「青山啓之助」「青山栄二郎」「大塚慶子」の名前はサイトで検索してもページに行きあたる…


だから何?…という話なのだが⑩



(び)

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とっちらかった白バイ隊員が神奈川県内を中心にあっちゃこっちゃに出没する本当の理由…その9

反射材をご存じだろうか…

工事現場や道端で…ヘッドライト等を反射して存在を知らしめるタスキ状のあれのことである…

タスキ以外にも実は沢山の種類が存在する…

http://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/reflector/index.htm

去年秋に免許の更新に行ったところ…

講習者向けのビデオの中でも着用を勧めていた…

国によっては法律で義務付けているところも存在するのだが…

日本ではいまだに任意となっている…

どういう事情が絡んでいるのかは知らないのだが…

法律で強制してしまってもそれほど問題はないのではなかろうか?

俺がこの間まで着用していたタスキなど…

某作業用品専門チェーンで980円で購入できる代物である…

義務付けにしてしまえばどれだけの命が救われ…起きる必要のない事故が減ることか…

980円ならレギュラーガソリン7リッター程度…

命の値段とは比べ物にならないほどの手軽さである…

工夫すれば…はるかに安価で自作することだって可能である…


なぜ法制化しないのか?

首を傾げるばかりである…


責任者出てこい!⑩


(び)

とっちらかった白バイ隊員が神奈川県内を中心にあっちゃこっちゃに出没する本当の理由…その8

最近何かと「かわいい」とつぶやくことが多い…

小さい子をみつけては「かわいい…」

個性的な単車を見て…

そのサウンドを聴いて…

あるいはお散歩中の犬を見て…


「いいオッサンがかわいいもねーもんだ」

…との声もあろうかと思うが…

こと単車に乗っていると実はこれも無事に用を果たして帰宅するためには必要なことなのだ…


原付で一日120km走るというのは並大抵のことでは済まない…

26年(実質20年ちょっと)原付しか乗ってこなかった俺にとっても…である…


まして絶対に事故を起こさない・遭わない決意であればなおさらである…

ただでさえイライラさせられる今時の日本の道路…

俺だということが判ると煽ってきたり…敢えてすれすれを追い抜くバカ野郎もざらである…


かわいいものを見つけて「かわいい」と言ってみると…

不思議と和むものである…


信号待ちや渋滞でノロノロ走っているときに冗談を言ってみたり下ネタを言うのも…実は同様の理由…

早朝出発して深夜に帰宅なんてこともあるが…

実質10時間単車にまたがっていると…むっつりして神経すり減らしたままではそれこそおかしくなりかねない…


「かわいい」も親父ギャグも下ネタも…すべては死なないため…

他人に迷惑をかけないためにほかならないのである…


まあしかし…


かわいいものはかわいいし…


いいギャグが思いつけば自己満だし…


下ネタも…


まんざらでもないのだが…⑩


(び)

とっちらかった白バイ隊員が神奈川県内を中心にあっちゃこっちゃに出没する本当の理由…その7

昨日の「とっちら…その6」で割愛したのだが…

コーラが効くというのは実は海外…特に医療制度が未発達の国々では常識らしい…

正式に医師が処方する国もあるようだ…


ようやく外出できるようになって…

5年ぶりに近くのコンビニへ…

人目を避けて…かなりの深夜だった…


頭はぼさぼさ…

寝巻同然になっていたスポーツウェアの上下…

5年の間ろくすっぽ歯の手入れもままならなかったために上も下も前も奥もそれこそぼろぼろだった…


何を買ったかは記憶していないが…

店員さんが嫌な顔一つせずとても親切にしてくれたことを今でも忘れることができない…


コンビニ上等…⑩


(び)

とっちらかった白バイ隊員が神奈川県内を中心にあっちゃこっちゃに出没する本当の理由…その6

2003年…平成15年の春に母が逝ったのと前後してうつに突入し…

明けたのが5年後…2008年の秋くらいだったか…

ところがそれと前後して持病の大腸炎の方があれよあれよという間に悪化してきた…

医学の専門書には…重症の場合はトイレに一日20回などと書いてあるのだが…


ねぼけた話である…


最高で40回近く通ったものである…


とっくに救急車を呼んでいいところなのだが…

救急車はただで呼べても病院はそうはいかない…

金は無くはなかったが…あっという間に消えてなくなるほどの額しか無い…


かなりの確率で手術を受けることになるだろう…

だとすれば家にまで迷惑がかかることになる…


どうしたものか…


最後の手段が一つだけ思い当った…


モク(たばこ)である…


当時まだ健脚だった親父に頼んでタバコを調達してもらって吸ってみる…


一週間ほどすると目に見えてよくなり…

一か月ほどでほぼ回復した…


また…ほとんど毎日のようにこれまた父親に仕入れてもらっていたスポーツドリンクの代わりにコーラを飲むようにした…


結局二カ月ほどで表にもふつうに出られるようにまでになった…


タバコとこの病気については面白い記述がある…

インターネットを利用できる向きは…「タバコ」と「潰瘍性大腸炎」の二つの語句で検索してみるといくつかのサイトに行きあたるはずである…


さすがに医者から勧められたことはないのだが…

かなり以前にひょっとしてと思い尋ねてみたところ…主治医もそうだと言っていたことを思い出した訳である…


百害あって一利もないはずのタバコが…

死にそうな難病患者を救ったというわけである…


変にゃの…⑩


(び)

とっちらかった白バイ隊員が神奈川県内を中心にあっちゃこっちゃに出没する本当の理由…その5

人間…うむを言えずに死ななければならない場合があるもの…

とんでもなく凶悪な犯罪を犯したり…

反対に不治の病に侵されたりして…

戦場で亡くなったり職に殉ずる人たちもいる…

だが…当時の俺にはどう考えても死ななければならない理由は見当たらない…


それでも毎日何度も布団の中で死に方を考えていた…


あの踏切の…あの時間帯にしようか…

あの辺りで首を吊るのはどうか…必要なのはどのくらいの長さと太さの縄か…

それともあの薬にしようか…であれば必要な量は?

練炭なら楽に死ねるらしいが…風呂場に目貼りしなくちゃならないな…

今はやりの洗剤2種類でやってみようか…

等々…


それはもう四六時中…起きている間はそんなことばかり…


これが「うつ」というやつである…

それこそ悪魔に魅入られたとしかいいようのないありさまである…


死ぬこと以外にも…例えば自分は何の価値もないゴミ以下だとか…

こんな病気にかかった以上はあとは苦しんで死ぬだけに決まっているだとか…


とにかく何から何までがネガティブ…真っ暗闇という感じ…

事実朝から晩までほとんど電気を点けなかったものだ…


日中ばかりか夜間でも…ヘッドライトや繁華街の明かりが眩しくて…

サングラスをかけなければならないのはその名残という訳である…


5年間もぐらのような生活をしていると…サングラスも生活必需品になってしまうということにほかならない…

しゃれこいている訳では決してないのである⑩

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とっちらかった白バイ隊員が神奈川県内を中心にあっちゃこっちゃに出没する本当の理由…その4

「タバコ吸ってコーラ飲んで…原付乗りまわして夜通しバクチ打ってやがる…

 最低もいいところだ…」

…と…大方の人間には映っているかも知れない…

それでもしれ~っとしていられる理由は何か…

そろそろ種明かしをしたほうがよさそうだ…

親兄弟のメンツもあるので書かねばならない…


タバコとコーラは…

まあインターネットで検索すれば簡単に判ることである…

ちょうど二十歳の夏の事だったが…とある難病を宣告された…

「潰瘍性大腸」という病名であり…厚生労働省が指定している特定疾患の一つに数えられている…

昔は発病してまもなく亡くなる人も少なくなかったみたいだが…

今ではある程度治療法も発達してきてそれもごく僅かになってきたらしい…

ただし…治療法といってもいわゆる「対症療法」の域を出ない…

いまだに原因も根本的な治療法も解明されてはいない…

当然俺自身も随分えらい目に遭ってきた…

家族はもっとであり…勤め先にもことごとく迷惑をかけてきた…

企業そのもの…上司…先輩…同僚…後輩…誰もかれも…

それこそ近所や道ですれ違う誰か…

球屋で偶然出くわす若い人々にも…である…

薬もいろいろ試してもらったが一向に改善はしなかった…

波はあったが…とにかく毎日毎日辛い日々…

ほとんど絶えまなく内服…時には点滴してきた「ステロイド」がもとで…

重症のうつ病になり…

おふくろが死んだのと前後して5年間寝込むようになった…

寝込むというより…何も出来なくなった…

考えることすらほとんど不可能になった…

考えることといえばただ一つ…

どうやって自分の息の根を止めるか…

それだけになってしまった…⑩


(び)

遠くて近い親戚…

藤沢の片瀬の伯母から突然電話がかかってきた…

聞けば明日ちょうど80歳の誕生日だという…

おばさんといっても…父方の祖父の妹の娘という関係なのでいわゆる「大伯母」ということになるのだろうか?

何でも…防犯パトロールのお巡りさんに緊急連絡先を尋ねられ…子供はおろかうち以外に身寄りらしい身寄りもないのでうちの番号を伝えたとの事だった…

80歳…女性…独り暮らし…

そんな家は今やありふれているのだろうが…ぞっとする話ではある…

本人も心配していたが…何かあったとしても…電話があるにしても…すべては年老いた自分独り…

年齢からしてもはっきり言っていつ何が起きてもおかしくはないし…万が一起きた時は非力な女性である自分しかあてがないのが現実だ…

70代最後の日に…唯一の身寄りに電話をかけてくる独り身の女性の心境を察すると…それはもう飛んでいきたい気分になる…

でも…自分の父親も今年78歳であり持病も抱えている…

難しいところではあるが…明日何とかならないものか…

どんなことがあっても明日…電話の一本だけでも入れたいと思う…

そしてお祝いの言葉ではなく…ねぎらいの言葉をかけたいと思う…

誰が何と言おうとである⑩

(び)