皆様こんばんわ。


畑山公希です。


今日の今日も取材後期をお話していきたいと思いますが、今回もなぜ私が作家としてのスタートを銚子商業野球部に照準したかをお話したく思います。


銚子商業野球部はその強さから、「打倒銚子商業」を掲げられ、数々の強敵が襲いかかりますが、代表例が、故・松戸健元高野連会長率いる成東高校でしょう。


松戸監督の過去の動画や監督の著書「我が夢の甲子園でも」書かれていますが、この高い壁を超えるために、鵜沢達夫投手(元大洋)や鈴木孝政投手(元中日)を差し向けますが、いずれも最終的には甲子園出場が叶わず、松戸監督が退任したあとの平成元年、奇しくも長年高野連会長を努めていた福原修氏(安房高校)に代り、新しい時代「平成」になり、当時佐倉南高校の校長をしていた松戸会長が会長に就任。


そして木下監督率いる、成東高校が、エース押尾健一を要し、平成元年千葉県準々決勝で銚子商を打ち破るというドラマ性も、多くのファンを生み出している要因とも言えます。


そして成東は、決勝で拓大紅陵を倒し、念願の優勝旗が元監督である松戸会長から成東高校ナインへ渡されるというワンシーンも往年の野球ファンには響き、甲子園でも智弁和歌山から、全国の「1勝」をもぎ取ります。


この辺の話は、前作の「怪物退治の夏」の後半の話でもあるので、ご興味ある方は、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。


松戸監督と成東高校野球部については、私の書籍化リストに入っておりますので、頑張って執筆したいと思います。


今日はこのへんで



写真は、ブログにもある、成東と延長14回の激闘の末敗れた、「名将唯一の後継者」黒川栄一監督(現安房拓新高校野球部監督)の銚子商業野球部コーチ時代の一コマ。右から二人目が斉藤一之監督(当時57歳)

畑山公希

本日で会社員辞めた、世捨て人おじさん(笑)

22年7月に、千葉県の高校野球の名門「銚子商業」にまつわるノンフィクション作品「怪物退治の夏〜昭和48年甲子園2回戦〜銚子商と斉藤一之」を出版。

今年4月に、銚子商業野球部ノンフィクション第二弾「歴史が始まった日〜昭和40年甲子園決勝〜斉藤一之vs原貢」をアメージング出版社様より出版。

現在銚子商業野球部ノンフィクション第3弾、銚子市の野球の歴史を綴った作品を同時進行中。