そのころ、イサナギさまとイサナミさまは、ソサ国(熊野)にあるお宮に住んでいました。
海のすぐ近くまで山がせまり、切り立った岩を見上げていると、體がそっくりかえりそうです。
たえまなく打ち寄せるあらあらしい波が、岩にあたってくだけちり、ちょっと気をゆるすと、海にすいこまれてしまいそうになります。
平らなところがほとんどなく、どこへ行くにも山にさえぎられて、ぽつんと孤立したお国です。
「ヒルコ、あなたが帰ってきてくれて、ほんとうによかった」
お宮のお庭をおさんぽしながら、イサナミさまが、目に涙をためていいました。
「お母さま」
ワカ姫さまは、胸がいっぱいになって、イサナミさまの横顔を見つめます。
「あなたを手ばなした日のつらさは、今でも忘れられません。でも、こうして、小春びよりの日ざしの中をあなたと歩いていると、すべてがむくわれる思いがしますよ」
「はい。お母さまがいつも歌ってくださっていたあわ歌を、カナサキさんご夫妻が歌いつづけてくださったことも、わたくしの心をなぐさめてくれました」
「ええ。カナサキ夫妻には、どんなに感謝しても、しきれることはありませんね」
「はい。そして、今、お母さまのお腹に新しい命がやどっていることにも、天からの祝福を感じます」
「ええ。ほんとうに、ありがたいことです。この子が生まれるころには、春のお花が咲きみだれていることでしょう」
イサナミさまとワカ姫さまは、これまでの時間を取りもどそうとされるように、希望に胸をふくらませて、にっこり微笑みあいました。
丸山恭平さんのをしてアート「ワカヒルメ」