自分の忘備録のために
そして、息子が頑張って生きた日の記録のために、書き残したいと思います。
「事実」と「真実」は必ずしも同じではない
息子はもうこの世界にはいない
自ら旅立って行ったこと
それは「事実」
でも本当に○にたかったわけじゃなかったと思う
〇ななければならなかった理由は
何だったの?
息子の「真実」って何?
(前投稿の続きです)⬆
これは息子が亡くなる前に、息子から聞いた話です。 それは息子が自ら旅立つ、約1ヶ月と1週間前の出来事でした
2025年1月13日
この日、Aさんは熊本に帰りました。
結局、意識不明の彼女の元に
すぐに帰ることはなく
ホテルに2泊したそうです
その話を息子から聞いた時
私はなんとなく「何かおかしいな」と思いました。
Aさんの意味不明な行動とは真逆に
息子は、とても B さんの事を心配していました。
Bさんが意識不明になった
あの日から
息子は自分を責めて、責めて…
それは、もう見ていられないくらい
打ちひしがれていました。
自分の行動を後悔して
悔いて、悔いて…
本当に責任を感じていました。
そして、最後に電話で話した
彼女のあの声が忘れられない…
あの時の哀しそうな声が
耳からずっと離れない...
そう言って、涙を流していました。
2025年1月14日
息子は、 Aさんに何回か連絡を取り
B さんの容態を聞いていました。
相変わらず、B さんは意識不明の
まま
容態は変わりませんでした。
息子は、A さんにも責任を感じていて
自分のせいで、こんな事になってしまって申し訳ないと謝っていました。
確かに、色んな不運が重なって
こんな事態になってしまいましたが…
それは、あなたのせいではない
私は息子に何度も何度もそう言いました
あなたのせいではない
誰かのせいではない
誰のせいでもない
あなたが悪いんじゃない
Aさんは自分の意思で、息子のところへ
来てくれた
B さんだって、そんな事をしたら
もしかしたら、しんでしまうかもしれない...と
分かっていたはずです。
A さんが来る前に、A さんと B さんの間に何か揉め事があったとしても
それは、息子には分からなかった事です。
だけど
それなのに…
A さんは、電話で謝る息子を
責めました。
「 B さんが〇んだら…お前のせいだ」と
言われたそうです。
その日の夜
その重責に耐えきれず…
息子は、またODをしました。
息子は精神的にも身体的にも
ボロボロになっていました。
(すみません、話が長くなりましたので、続きは次の投稿に書かせて頂きます)
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


