某有名大学教授のマッチング中&やりとり継続中のお相手が

毎日お酒を飲みすぎるところと、かまってちゃん感があって

がんばってやり取りは続けているものの、どうにもこうにもシンドイ。

 

そこでもう1人、バツイチ、子持ちの40歳の経営者の方とお会いすることに。

バツイチには抵抗がないけれど、子供がいるとなると少し考えてしまう。

ちなみにお子さんは2人。

 

友人たちからすると、「あえて子供がいる人にすることないのでは?」と。

その意見には大賛成で、心溺れた私にとっての運命の人みたいに好きすぎてどうしようもなければ別だが

マッチングアプリでのお相手探しで、あえて子持ちにする理由など微塵もない。

 

それでもお会いすることにしたのは、

他の方たちとのやり取りがとてつもなく、つまらなく、

お会いすると決めた方とのやりとりは波長が合い、おもしろかったから。

 

プロフィールには、「真剣にお付き合いをできる方を探しています」と書いてあるが、

真剣にお付き合い=結婚ではないと思うし、

単に遊び目的ではないことを示しているだけかもしれないし、

もしかすると、真剣なお付き合い=結婚を前提に、かもしれない。

 

というか、プロフィールに書いてあることって本当なの?とも考える。

私は目的や気持ちが近い方とお会いしたいのでありのままを書いているが、

きっとそうではない人も一定数いるはず。

でもそれって見分けられなくないか?と思う。

かといって、会ってみて直ぐに分かるものでもない。

 

恋愛結婚を望んでいない私にとって、1番出会いたくない、

時間を費やしたくない相手は結婚願望がない相手は、

結婚願望のない男性だ。

 

そうなると、子供が2人もいる男性だと、結婚願望、子供を作る願望、少ない可能性が高いのでは。

お子さんが自分のもとにいない場合、パートナーは求めていると思うが、

再婚や子供を作るという部分への気持ちって弱いのでは?と考える。

 

現実には、前妻との間に子供がいて、

再婚して、子供を作っている男性もいるにはいると思うが、たぶん少ないだろう。

離婚したとしても、子供たちの父親は1人だし、

定期的に合って満たされる部分も多いと思う。

それこそ、バツイチ子持ちの男性は恋愛再婚を求めるのではないか?と考える。

この人となら再婚したい、この人の子供が欲しい、そんな風に思える人と出会えたら

再婚したいし、子供も欲しい。でも、

そうでなければ、無理して再婚することもないのではないか?

 

そうなると、結婚に対する気持ちとか、熱量とか

今の私とは違うんだよなあ。

それでも会うことをきめたのは、もしかするとまだ恋愛結婚をあきらめきれない私がいるのかも。

いい歳してあがいてるなあ、私。。

20代のころと比べると確実に心が弱くなっている。

20代は、何でもやってみたくて、何でもかんでも即行動。

無鉄砲にみられていてもお構いなし。

動いて、感じて、経験していくことが楽しくて、そんな自分が好きだった。

 

でも今は、すごく良く考えるようになり(前と比べれば。世の中的にはどうだろう。)

すごく悩むし、すごく落ち込む。

自己肯定感が落ちている自分を感じるときがある。

若いという期間限定のパッケージの外に出てからは

何かと、自分らしさとか、これまでの経験とか

大人ぶらないといけないことが増える。

世間様にそういう雰囲気があって

とても疲れて、嫌になるのに、

それでいて20代のころみたいに弱音を見せられる場所がなくなる。

 

その結果、ものすごく逞しくて、人生を謳歌しているように見られてします。

自分のやりたいことをやって、意思の強い、芯の強い人に見えてしまう。

全然そんなんではなく、隙あらば弱音を吐きたい。

誰かに甘えたいし、自分のダメダメなところを一緒に笑い飛ばせる場所が欲しい。

 

あー、やっぱりパートナーが必要だ。

別に1人で生きていける強い女性になりたくてなっているわけではない。

そう見せないと生きにくいからだ。

そう見せておいた方が生きやすいからだ。

生きにくいなあ、33歳独身。

結婚をしようと覚悟を決めて、

自分の感覚的な部分の感情を心の隅に置きながら

赤の他人と連絡のやりとりをすることは何と大変なことか。

やめるのは超簡単だ。

でも、やめるわけにはいかない。

例え適当にやり取りをしていたとしても、疲れる。

気付くとやめる理由を探している自分が顔を出し、

そんな自分を説得する。

その繰り返しの毎日だ。

 

これまでの私だったら直感的に違うなと思った人とは直ぐに連絡を絶っていた。

そうしてきた結果が、今の私だ。

これまでの私らしさで生きていければ楽だけど、

楽だけが人生ではないということは分かっている。もう33だもの。

それに楽だけを求めて生きていきたいと願っているわけでもない。

自分のために何かをして、得ることの喜びはそれなりに経験してきているけれど

それで満たされるタイプではない。

家族や近しい人たちが喜ぶ姿が人生の醍醐味だと思っている。

 

運命の人と結婚できなかった人生を歩みつつも、

生涯のパートナーと出会い、歩みたいと願っているのは真実だ。

相手に誠実さや真面目さ、優しさを求める以上、

私もそうでないといけないし、そうありたいと思っている。

そうであるならば、お互いのことを理解していくために、

知り合っていくためには我慢したり、思うままではない選択が必要だ。

そうなんだけど、それが大変。

このモチベーションを保っていくことが本当に大変。

私にとっての最大の敵かも。

 

 

外見のストライクゾーンは広い私の

ストライクゾーンの外に位置するマッチング中のお相手。

若くして有名大学の教授で、すごくスケールの大きな仕事を依頼されたりしているよう。

あまりよろしくないと思いながらも、ネットで検索するとちゃんと出てきて信憑性あり。

お会いして話した時も、真面目そうな感じがよかった。

カッコよくてイケてる感じより、真面目なタイプがいいなと思う私にとって

外見を除いて言うことなし、という感じ。

 

ただ、毎日LINEでやり取りをする中でかまってちゃん?的な空気を感じるときがある。

文章で上手く説明できないのだけれど、

自分が話の中心にいたいというような気配というか。

いつも自分の話ばかりで、私には興味なし?と思ったりもするし。

そんな細かい所気にしてたら結婚できないよ、と言われそうな気がするが、

細かいところが気になってしまうのが私だ。

あれ?だから結婚できてないのか。

そうなると、このちょっとした感情には目を伏せ、または頭の隅に追いやって

とりあえず今はまだやり取りを続けるべきなんだろうな。

そうしてみろと、もう1人の自分が言っている。

これまでの感覚で進んでも、結婚できない道をいくだけだと、言っている。

ということで、この感情はいったん隅に置いておこう。

 

ものすごく優秀な学歴や経歴すぎるのと、日々のやり取りで感じる雰囲気から

無意識に女性を見下す系のタイプじゃないといいなあと心から願っている私がいる。

それだけは嫌だ。

相手の年齢が上だろうが、下だろうが、パートナーになる場合には

お互い同じ高さでいたい。

経済力では同じ高さにはなれないけれど、自分で稼げる力も持ちたいと思うのは

女性としての防御反応、防御感情でもあるのかなあと思ったり。

何かプライドが高いのかなあ、私。

もしかすると、プライドが高いのかもね。

それでもいいじゃない、もう33歳なんだから。

プライドを持つ勇気も、捨てる勇気も、

どちらも持ち合わせておきたいな、と思う今日この頃。

 

LINEは日に日に面倒くさくなっているけれど、

今は自分のお尻をたたいて、嫌でも返信、嫌でも返信、面倒でも返信

ただそれを繰り返している。

本気で面倒くさくて、それどころじゃないという感情を殺してLINEを返しておこう。

週末ご飯にいく予定だから、また少しでも感情が変わると期待したい。

 

がんばれ、33歳の私よ。

がんばれ、これにつきる。

 

たぶん、たぶんだけれど、もし今の私に両親がいなかったら、

婚活はしていないように思う。

 

口では婚活していると言いつつも、

どこかで、「まあ、できなければしなくてもいいかな」と思っていたのが本音だ。

正直、どちらでもいいのが本音なのだ。

だから何だかんだで身が入っていなかった。

そんな私自身に私は気づいていながらも、見て見ぬふりを続けていた。

 

本当のところは、今でも、どちらでもいい。

結婚出来ればそりゃ嬉しいし、出来なくてもそれはそれで幸せに過ごせる自信がある。

それでもパートナーを探す覚悟を本気で決めつつあるのは、

両親の喜ぶ顔が見たいから。両親の安心した顔が見たいから。

あー、娘が結婚したなあ、色々あったけど、よかったなあ。と思ってほしいから。

これにつきる。

親のためというと、何だかネガティブに聞こえてしまう世の中がすごく嫌だけれど

本音はこれだ。

 

33年間、ものすごく愛されているのを感じている。

べたべたする家族ではないけれど、とてつもなく温かくて、愛があふれ出ている。

実家への帰省する予定が入ると心が温かくなる。

いつまでも長生きしてほしいと本気で思う。

両親を喜ばせたいといつも思っている。

今、両親が1番喜ぶのは間違いなく結婚だ。

他の兄弟が結婚していく中、ふらふらと自由気ままに生きている娘の結婚だ。

これは間違いないと確信している。

両親のためといいつつ、両親が喜ぶ姿を見たいという私自身のためでもあるから

結局は自分のためなのか。

 

こういう覚悟にいきついたのも、先月帰省したタイミングで

こっそりと母親に聞いてみたのだ。

「お父さんって、私に結婚してほしいって本気で思ってるよね?」と。

そうすると母親は、

「そんなことないよ、お父さんもお母さんも、あなたがしたいことが出来ているのが幸せなんだから」と。

これは昔から言われていることで、両親は必ず「したいことをしなさい」と言い、

いつも、どんなことでも応援してくれるのだ。

これでは本音が分からないと思い、

「私、結婚できると思うんだよね、本気でがんばれば。結婚するのが良さそうならしようかなって思ってるんだよね」と。

すると母親は、

「え、そうなの?やりたいことできなくなるかもしれないよ?それでもいいの?」と。

私はすかさず、

「やりたいことは時間があるからやっているだけで、別に今日辞めろと言われれば直ぐにでもやめれるよ」と。

そういったら、母親は、

「結婚してもいいと思っていて、良い人がいるのなら、結婚はいいと思うよ」と。

これが本音だ。両親の本音だ。

 

結婚して家庭を持つことの素晴らしさはよくわかっている。

なんせ私の家族は最高だ。両親の関係性はものすごく素敵だ。

だから、母の言葉には異議なし。

 

このやりとりで粗方わたしの覚悟は固まった。

結婚しよう。

あ、結婚できるパートナーを探そう、か。まだ。