月と日の門外 -53ページ目

30(金)

十二夜(11)、春雨、121、81、78、914。


世界水泳メルボルン大会、200m平泳ぎで優勝した北島康介選手が、表彰台で君が代を口ずさんでいた姿に感激した。

29(木)

十一夜(10)、晴れ。朝方少し冷える。

横須賀線車両故障のためダイヤ混乱。24時間運行しているわけでもないのに、業務時間内に故障点検が頻発すぎる。誠に申し訳ないと思うなら時間と体力を弁償してくれと苦々しい気分。132、73、75、813。


立命館大学東京キャンパス?
東京駅の連絡通路にポスターが貼ってあった。

立命館大学では授業が始まるそうだ。

授業というものは高校生までの生徒が受ける、受身の学問、それに対し、大学生は自ら学ぶ学生であり、教師と質疑応答しながらともに研究する、よって、先達の教えは講義となる。というのは今は昔の物語。

とうとう大学でも講義でなく授業を行うようになったらし。テレビなどのインタビューに応える場合でも、大学生自らが自分を生徒と名乗る場合を少なからず見る。

人生五十年の時代もとうに過ぎたし、大学をでたあと、更にふたつくらい学び舎に所属した頃、初めて自主的に勉学する学生という身分になる、ということなのであろうとも。

それなら、講座一覧ではなく、教科一覧、または課目・科目一覧としたらいかがだろうか、立命館大学様。

ふと思い出し、納得しがたいこと。

とある掲示板。

「**という機能があったら、☆☆ゲームはもっと楽しくなると思います。管理人さんぜひ実装お願いします」

実装とは、懸案の企画や装備を、「実際に」装備配置、装着することであり、自ら発案したことを以って管理人に実装を強要するのはいかがなものか。発案事項を取り上げて欲しくば、採用検討を乞うのが筋ではなかろうか。念のため、管理人氏は**という機能について、それ以前にいささかの提案もしていない。


メールアドレスを変えたときその通知をした相手からの返事。

「今回の案件、了解いたしました」

案件というほど、社会的に重要なことではない、個人の住所変更に対し、この表現はいかがなものか。了解、というもの承服いたしかねる。


おおよそ若い人たち、ゲームやコミックの影響か何か知らぬが、熟語と専門用語がお好きなご様子とお見受けする。

反戦、反軍国主義を唱えつつ、実装したり了解を得たり、政治や社会活動に無関心のように思えて、案件を抱えていたりする。


@wiki にて語録を整理しようと思っているが、この使い方が今ひとつ理解できないのも、ひとえに私が老いた時代遅れなためなのだろう。

28(水)

十夜(9)、晴れ。123、89、77、829。

今朝届いていたスパムメール、表題に、

「先見の目のある方だけに・・・」

とあった。あきれてうんざりした。


先見の目、ではなく、先見の明(めい)である。

同様に、

誤:とりつく暇もない→正:とりつく島もない、

誤:布団をひく→正:布団を敷く、

(引く、は、引き伸ばし塗ること、布団には該当せず。敷布団はあるが、引き布団というものはない)。


テレビニュースも同様。

千葉県市川市でイギリス人女性の遺体がマンションベランダの砂入浴槽から発見された。

部屋を尋ねてきた警察官に質問されると、その部屋の住人は外階段を駆け降り逃走したという。

その逃走の目撃談。近隣住人女性によるもの。

「黒い服を着た男の人がわーっと走ってきて、その後何人か警官が追ってきて・・・・・・」

わーっと、わっと、というのは、複数の人や生き物などが、一箇所に集合する様子である。

前述の発言だけを聞いて想像すると、

「黒服の一団が一斉にこちらの方向へ走ってくる後ろを数人の警官が追跡している」

ということになる。


こうして私の日本語は時代遅れの古典ならまだしも、外国語へと変遷するや否や。

朝から非常に不愉快なり。



27(火)

九夜(8)、くもり。もうすっかり春なのか、朝からあたたかい。128、75、71、746。

水泳平泳ぎの北島選手は昨日の競泳で二位だった。

「くやしいけど後悔していない」と発言。違和感。「悔しい」と「後悔」は反対の位置にあるものだろうか?

「悔しくて後悔した」

「悔しくもないし後悔もしていない」

というのが順当な日本語だと思われるが矢張り昨今は違うらしい。

くやしいけどこうかいしていない、というのは、

次こそ相手を負かしたい、でも、自分はまちがっていなかったと思う、

つまり、

自分の泳ぎを改めるつもりはないが、今度は勝とうと思う、

ということか?

それでは、相手の失敗を待つかのような、消極的戦術と思われる。自分を改めて見直し、戦略を立て直してこそ、勝利への第一歩だと思っていたのは、私の時代錯誤な考え方らし。


女性アイドルの所属場所の去就について記述されたブログがあった。

コメントは賛否両論5つほどあった。それらをも鑑みめったにしないコメント記入してみた。ログインした状態で、アメブロのidも記した。

混んでいるのか、二重投稿になっていた。と同時に、批判的な先述のコメントは削除されていた。

数分の後、二重投稿の処理を確認したくて、再度そのブログを訪問したところ、私のコメントも削除対象となり、二つとも消えていた。

人生とはすべからくかくある可し。自分に有害なものは排除し、利益をもたらすもののみ利用すべし、という実践である。

残念ではあるが、仕方がない。言論の自由は国家によって保護されているもの、ということになっている。

アヤ丸で(BlogPet)

アヤ丸で、睡眠するつもりだった。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「スルバン」が書きました。

26(月)

八夜(7)、晴れ。とうとう春になったか。133、83、69、950。

25(日)

七夜(6)、春の嵐。気持ちいいほど吹き荒れる風、水泳やスケートで、若い人たちが活躍している。

予定変更、休日、性懲りもなく粘土細工。

24(土)

六夜(5)、くもり。寒さ緩む。116、84、71、758。

Virginie Dedieu

シンクロナイズトスイミングで優勝したフランスの選手。

テレビのほとんどが、その姓を

「デデュー」と発音しているのに対し、新聞等表記では、

「ドデュ」となっているものが多数ある。

現代日本語は言文不一致となりしやいなや。

私としては、どちらかというなら、「ドデュ」で統一すべきと考える。しかし、それを言うなら記すなら、「ドデュ」ではなく、「ドゥデュ」ではなかろうかとも存ずるが、キリがないので今日はやめにす。

23(金)

五夜(4)、晴れ。風もなく寒さ和らぐ。

ブクログ 二つ、図面に本棚でリンクす。

図らずもひとつは百閒先生のものしか置いていなかった。


今朝電車の吊り広告に息をのむ。


旅は岡山

この景色はまさしく倉敷、右端の杖を手にした男性は百閒先生在りし日のお姿に瓜二つではないか。

「岡山デスティネーションキャンペーン」 とやらで、扮装をした滝田栄らしき人物が百閒先生を演じているのであった。

でも、どうせなら、御後園にして差し上げたらよかったのに。私は個人的に倉敷には特に思い入れもあるが、天領として栄え、は、烏城のお膝元であればこそなのだから。

でも、まあよしとす。

これを、再来年、百閒先生ご生誕120年の記念行事のきっかけとすべく、精進尽力を乞い願い奉りまする、岡山市の皆様へ。

136、86、80、1130。



22(木)

四夜(3)、晴れ。朝寒い。

二号室に単語の部門の覚書を置こうと思い立ち、掲示板を代用してみる。折りたたみ式だが、記事が一つもない状態だと、投稿の画面が開かない。スクリプトが作動しないのだろうか。不本意ながら意味のない記事を置いて解決とした。133、88、71、819。物書きネット なるところに場所を借りてみた。8-021。試行ばかりの錯誤だらけか。