木陰で昼寝

木陰で昼寝

色々なことをゆったり考えてみること。ついつい色々を書きすぎてしまうブログ。

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俺ももうすぐ、オトナになるのだと思うとじんわりと悲しくなる

これまでなりたかったオトナは最早理想像でしかなく
オトナとはお化けよりもずっと怖いものと知り
力に任せていとも簡単に世界を捻じ曲げる
そこには昔僕らの夢見たカッコいいオトナの姿などない
欲にまみれてどんな怪物よりも恐ろしくなった姿
僕らの夢を打ち立てては壊し、打ち立てては壊した

今よりもずっと青い空を見上げ
今よりもずっと青い樹々に上り
今よりもずっと赤い夕焼けを見て
今よりもずっと美味しくご飯を食べ

いつも新しい発見と驚きに満ち溢れていたティーンエイジはもう帰って来ない

なんてコトだ
俺はもうあの青い空を見上げることも
青い樹々に上ることも
赤い夕焼けに染まることも
美味しく物を食うことも
出来ない

日々のヘビーローテーションに悩まされるのだ

日々は新鮮から遠ざかり
やがて網膜と一緒に褪せて行く

君と一輪の花を愛でたことも
君と手を繋いで歩いたことも
君と花火を見に行ったことも
記憶からは薄れて 褪せて

今目の前にいるしわくちゃな顔したあなたのことを 私は思い出せない

どうしてあなたは尽くしてくれるのだ
どうしてあなたは語りかけてくれるのだ
どうしてあなたはいつも隣にいてくれるのだ

褪せて行くだけだった心に
薄い青した空を見せ
若葉色の樹々を見せ
朱色の夕焼けを見せた

僕の心にやがて綺麗な花が咲いた
何色かなんて もうどうでもいい
この花を摘んであなたに手渡そう


僕とお付き合いしてくれませんか

 僕の住む地域は名前の割に田舎(市の端)なので所謂「通勤ラッシュ」に巻き込まれることはなく、動いてもいないのに目的の駅に着くと汗だく、なんてことにはならない。

 いや、そのラッシュではなくて、6月を迎え専攻教科は中間試験ラッシュである。これは教授が独自に設けるものだが、その理由はというと、期末にひとまとめの範囲で出題すると可哀相だなあ、という慈悲である。生徒側としても有難いことだ。期末にひとまとめにされた日にはクラスの半分がひとおもいにやられることだろう。専攻教科の中に複数の科目があって、それぞれ教授が違うので試験日程は教授の思いつきに等しい。今年は2週間ほど空いたが、去年は1週間に3つも入るような事態で公式に中間試験が行われているのかどうか疑ったほどだ。

 さて、今週の水曜にも僕は中間試験を一つ控えているわけだが、もうなんというか、間に合う気がしなくて焦るに焦れない。覚えるもの多いよ、勘弁してくれ。

 察しているかもしれないが、僕は近頃恋人に誘われてよくクラブに遊びに行くようになった。友達も増えてTwitterで仲良くしてくださる人までいてくれてうれしい限りだ。ただ、イベントを開催する人、イベントに立つ出演者が基本的に8割以上を占めている。フロアにいても、僕のような「客であるだけの客」とは目線が少しずつ違っていたりする。それはそれで面白いし良いことだ。でも、そういう人たちは意見交換をしていることも多い。価値観を共有したり、闘わせたり、和解したり。それが僕のTwitterのタイムラインでも時々見れるわけだが、なるほどと思うことが多い反面、どれくらい僕のような初心者の目線が含まれているのだろうかと思うわけである。単純にはいかないのだろうなぁ、と僕はそんなタイムラインをぼうっと眺めている。


 あと、昨日恋人と主食の話で論争になった。僕は断然米派なのだが、恋人はどうも麺派らしい。

僕は麺が食べれないわけではないのだが、とある夏に「そうめんこわい」となってしまって以来すすんで食べようとはあまりしない。軽いトラウマというやつだ。

あと、米派の言い分として


日本人なら米を食べるべき

何にでも合う

塩くらいかければそのままでも食べれる

腹もちがいい


といったあたりを挙げておく。

恋人はやたら麺好きなので僕と同居し始めてからおもに僕が料理を担当しているせいで麺が摂取できず僕の守備範囲外の食事(昼食など)はいつも麺を食べているらしい。悪気はないがなんだか悪い気がしたので、今日は恋人のリクエストにこたえてクリームスパでも作ってみようと思う。

 なんていうか、そう、クラブに遊びに行く仲間には恋人のことは秘密にしているわけだが、どうしてもそれらしい行動がどこかで出てきてしまうし、いつも一緒に来るし、一緒に帰るし、酔っ払っていたら僕が世話をするし、ついこないだは顔まで似てきたと言われ、バレてるも同然の状態になっている。

 それでもなんとかひた隠しにしているのは恋人がバレるのはどうも嫌だと言うので、だ。僕は正直公然の事実になっても構わない派だ。

 盛り上がってもハグなんて出来ないのでむしろ辛いなぁと思うことは時々ある。

 まぁ、バレたらバレたで仕方ないとは思うのだがね。

 嘘をつくのが苦手だった。顔に出てしまってすぐバレる。笑ってたり、顔が赤かったりとまぁ自分の顔は表情に忙しい。
 しかし、中高と同じクラスだった友人に言わせると「ポーカーフェイスが上手くなったよな」だそうで、自分にその自覚は特に無いんだけれども、どうやらそうらしい。嘘をつけると便利なこともそれは多いのだが、嘘をつけるほど純粋さを失ってしまったともとれて、あまり良い感じはしない。
 大人になんてなりたくない
というのが自分の本音だ。いつまでも子供じゃいられないのだとは分かっているが、やはり今という時間は限られていて、削りたくはない。何かで読んだが、大人は子供に戻れるが、逆はそうはいかないらしい。でかい子供が増殖しているこんな世の中に一体いくらほどの大人がいるのがはなはだ疑問だが。