今振り返ってもあのころの練習は辛かったなーって昨日の事のように思い出すことができます。
よく頑張れたなって思います。
あの頃ってのは高校生の頃です。
さっそく1曲↓
朝から学校行って、16時くらいに終わって、近くにある寮に帰ってユニフォームに着替え、自転車でグランドまで行く。グランドが山の上にあって行きの自転車がものすごく辛かった思い出が鮮明です![]()
でもみんな自転車を降りたりせず、「これもトレーニングや」って自分にいい聞かせて漕いで登っていました。
あんなことよく出来たな~って思いますけど、これで本当に下半身が鍛えられていたと思います。なにせ毎日だったので。
17時から全体練習がスタートし、20時に終わります。3時間しかやらないので他校野球部よりも練習時間は短かったと思います。![]()
でもそこから自主練がスタートするんです。
監督やコーチは残らず帰るので自主練してなくてもバレないし、そもそも自主練に強制なんてルールは一切ありませんでした。でもみんな黙々とやってました。
グランドに居残ってバッティングをしたり、ノックを受けたり、スローイングしたり、走りこんだり、、、。
寮に帰ってウェイトしたり、屋上で素振りしたり、シャドウしたり、道具を磨いたり、、、。
勉強なんか全くしなかった、、、。よい子のみなさんは真似をしないでください 笑
僕にとってはこの自主練が1番嫌でした。なぜなら個人練習なので孤独なんです。
孤独が大嫌いな僕にとってはものすごく嫌でした![]()
全体練習はみんなでやってるから楽しいし、声を出すから気合は入るし爽快だし、3時間なんてあっという間でしたので全然よかったんですが、個人練習は毎日孤独に23時、24時までやってました。しかもみんな。実話です![]()
ナイターの光や金属バットの音に、近所の住民さんからしょっちゅう苦情が来てました![]()
今思えばこの個人練習の時間がとても大事だったなって思います。
野球の技術的な上達はもちろんですが、人間的にも大きくなれた気がします(‐^▽^‐)
甲子園に行けたのもメンバー各自が、この個人練習を大切に思い、2年半継続できたからだと思います。今振り返ると、よくあんな辛い事に耐えて継続したなって自負してしまいます。
「継続」って学生生活でも、社会に出ても、どの世界でもすごく大切な事なんですけど、それがなかなか難しいのが現実なんです![]()
面倒なことや大変なことから逃げたいのは全員共通です。
ここで1曲↓
でも人間ってちょっとした考え方の変化や、気持ちの変化で継続力がグッと上がるというのも現実なんです。
僕たちがなぜ辛い練習を黙々と耐え続けながら継続できたか、それの答えは、
“親への感謝の気持ち”
です。これがすべてでした。
僕たちの野球部は大半の部員が寮生でした。なので15歳から親離れした生活でした。
親に会えるのは多くても週一回の毎週日曜日、会えないときは1、2カ月会えない時もありました。
入学金、授業料、寮費、仕送り、道具代、練習着代、遠征費、、、、。
バイトをする時間もない野球部員の金銭的な面倒を見てくれるのは親だけです。
親が一生懸命働いて稼いだお金で俺達は野球ができるんだ。
恩返しできるとしたら1つだけ。甲子園に行くこと。
この思いががいつの間にか、全員の部員たちの心にあったのです。3年の夏なんて熱くなってこのセリフを口にしてる奴までいました(^_^;)実話です。
でもその心が僕たちを動かし継続させたに違いないと思っています。
正直自分たちが甲子園に行きたいってよりも、親のために甲子園に行くぞって気持ちのほうが断然強かったと思います![]()
結果、甲子園に行けてよかったと今でも思います。
高校球児のみなさん、そして、ビジネスマンのみなさん。
「継続」はとても大切です。
「継続」はとても難しいです。
「継続」の先には必ず成功があります。
「継続」するためには、常に大切な人の存在を心に秘めておくことです!!
自分が逃げたいとき、悩んだとき、困ったとき、、、自分が弱いとき。
大切な人を思い浮かべてください。強くなれます。熱くなれます。
なぜか頑張れちゃうんです。
そして必ず成功できます。
高校球児のみなさん熱くなれ!
ビジネスマンのみなさん熱くなれ!
これが僕の思いです。
こーしーえーん
そして心の底から読んでくれた方を応援したいと思います!!僕の思いは、高校球児やビジネスマンの力になる事です!


僕は最悪でしたね、、、。結局プロにも行けるはずもなくここで野球を辞める事になりました。

