長く曲がりくねった道の先で、僕たちが捨てたもの。
ふと耳にすると、胸の奥がざわつく歌がある。 チューリップの、そして財津和夫さんの金字塔**『青春の影』**。「結婚式の定番」として語り継がれるこの曲を、私はずっと**「別れの歌」**だと思って聴いてきた。「自分の大きな夢を追うことだけが 人生ではないと」この一節に、私は救いよりも、ある種の潔い「あきらめ」を感じてしまうのだ。それは、万能だと思っていた若き日の自分との決別。握りしめていたはずの、実体のない夢を手放す瞬間の痛み。 実はこの曲、ポール・マッカートニーが書いた**『The Long And Winding Road』**へのオマージュだという話は有名だ。ポールの綴った「長く曲がりくねった道」もまた、希望に満ちたハイウェイではない。雨に足跡を消され、涙を堪えながら、それでも向かわずにはいられない「安らぎ(君のドア)」への、孤独な旅路だ。 “Many times I’ve been alone, and many times I’ve cried” (何度も一人きりになり、何度も泣いた) 二つの歌に共通するのは、**「何かを捨てなければ、たどり着けない場所がある」**という残酷なまでの誠実さではないだろうか。『青春の影』で、主人公は長い髪を切り、夢を追うことをやめる。 それは「君」と生きるための選択であり、同時に、二度と戻れない季節への葬送だ。私たちが「愛」と呼んでいるものの正体は、実はそうした「自分の一部を切り離した跡」に残る、温かな傷跡のようなものなのかもしれない。 長く曲がりくねった道の途中で、私たちは何を捨て、誰の手を取るのか。 夕暮れ時にこの2曲を並べて聴くと、答えのない問いが、静かに胸に溶けていく気がする