小4。
算数はテキスト最終単元。
既習内容なので、演習中心。
図形苦手な子には、
分かっている情報を
まず書き込んでみることを提案。
そこから分かることを問いながら
答えを導くのを待つ。
教えてもらうのを待つ単元ではない。
何としてでも解答しようという
意識を持ち、行動に移すように
促してゆく。
小6。
算数はいい感じに仕上がってきている。
応用演習までやったが、
まだ仕上がりが微妙なところはある。
テストまでにどれだけのことを
できるようになるか。
社会の復習も大詰め。
塾での演習のやり方を
自宅でもやるよう促す。
塾でせっかく上手に知識を
習得しても、自宅学習のやり方が
従来と変わっていない。
コツややり方は掴んでいるから、
それがどんな場面でも成り立つように、
全ての演習を同じやり方で
やるように声をかけた。
中3。
数学は、重要例題を丁寧に
1週間かけてやった。
応用力もそれなりについてきて、
安心して見られる次元に
届き始めている。
英語は現在完了。
演習は15分で3ページ。
理解度は高く、
あっという間に終わった。
その後は、演習。
理科や社会を進めたり、
復習十分な子は数学の
応用演習を進めた。
この学年は、中1で少し
おサボりが見られた学年だったが、
最近は安定している。
強み弱みもデータから明確になり、
それぞれに余力ある今の時間を
生かして復習に勤しむ。
さて、今日は私が一番嫌う言葉を
久々に聞いたので、ブログでも
改めてお伝えをする。
それは、「時間がなかった」という
言葉である。
何が嫌いなのかというと、
それを誰も証明しないし、
それを言う子は9割がた、
対象の課題に一ミリも
手をつけていないのだ。
9割と言ったのは、
たまに1割くらい、
「ここまでできたのですが、
すみません、残りは週末までに
必ずやります」と言ってくる子がいるからだ。
それは私立中に通う子で、
ノート演習量は常に
塾の課題だけで週1冊は
こなしていて、それに加えて
私立の課題もこなしている。
本当に毎回きちんと何もかもやる子で、
信頼が完璧にあるから、
それは柔軟に対応している。
だが、それは1割の子の話。
たとえば、小学生の課題は、
4年生だと1教科あたり1時間から2時間が
かかる時間の平均値だ。
平日の隙間時間や土日もあり、
かなり余力がある方だと思う。
中学生も同様で、
せいぜい8時間もあれば
必ず終わるように
課題設定をしている。
宿題は少ない方だと思っている。
復習に手を回したり、
出来ないことが現れたりした時に、
時間がかかることを考慮して
設定している。
しかも、出来ないことは
無理せず空けておいて良いという
おまけまでつけている。
だから、時間がなかった、
という言葉を許さない。
これを許すと、どんどん
崩れてゆく。
何より、私の存在が、
それを許すものと認知されれば
どんどん甘えが生じてゆく。
習い事が何個あろうと関係ない。
こちらはそれを加味して
調整をしている。
許す許さないの線引きは大切だと
私は思っている。