「春山淡治(たんや)にして笑ふがごとし」(郭思)。
中国の古詩から春の季語となった「山笑う」には、木々の新芽が膨らみ花が開き、冬、長く静かな眠りに落ちていた山が目覚めてゆく山のようすが、こみ上げる喜びに笑みがこぼれる姿に擬人化して巧みに表現されています。雪解けと競い合うようにして次々に蘇ってくる生命との再会に、山は表情をほころばせるのでしょう。ちなみに「淡治」はあっさりしていて艶(なまめ)かしいさま、そこはかとなく香り立つような色気を指します。
この一文を書いている2月半ば、山はもちろん町もまだ冬のさなかですが、紀州のような暖地では梅の花がほころび、春が萌(きざ)しつつあることが伝わってきます。梅の季節が過ぎれば、間もなく山も日々、春の気配を増してゆくことでしょう。
もう何年前のことになるのか、東北の早春、津軽の名峰「岩木山」の山頂から無垢無木立のまさに広大無辺というほかない巨大な一枚斜面を歓声を上げながら一気に大滑降したときのこと、やがてやや傾斜が緩んで緊張が解け、それまでの豪快な滑降の余韻に浸りながら雪原を滑走していると、冬枯れの樹林帯に入る手前で花火のように鮮やかな黄色い花をたくさん付けた木に出会いました。マンサクでした。
マンサクの花は赤紫色の「がく」から黄色い紐のような4枚の花弁を展開して咲きます。葉に先立って花だけが開き、花の数も非常に多いので色彩に乏しい残雪の山では非常によく目立ちます。
このようにマンサクが春一番に咲くことから、東北の人たちがお国言葉で「まんず咲く」と呼んだのがなまってこの名になったといわれていますが、植物図鑑はマンサクの分布を関東以西の太平洋側としています。してみると東北の人たちが親しんだ「春一番にまんず咲く花」や自分が岩木山で見たものはおそらく、現代の植物分類では「北海道南部から日本海側に分布し多雪地に適応」と説明される「マルバマンサク」という亜種になるのでしょう。とすれば標準和名「マンサク」の語源は東北弁ではなく、たくさん花がつくことから(太平洋側の人たちが)豊年満作への期待を込めて命名したという説のほうが正しいのかもしれません。
さらにこれとは別に、マンサクは北陸の越中地方で「ネソ」、近江地方で「ネリソ」、そして両者の間の飛騨や美濃地方では「ネッソ」と呼ばれているそうです。残念ながら紀州の山村でどう呼ばれていたかはわからないのですが、これらの地方名は「捻(ね)る」という言葉との関連を連想させます。
かつてマンサクは、藁が入手できない山村の暮らしで柴や薪をひとまとめに結束する縄がわりに使われていました。さらに筏や古来より河川工事で使用されてきた蛇籠(じゃかご=編んだ籠の中に石を詰めて河川の護岸形成や流路の安定を図るもの)など、相当頑丈に作る必要がある工作物の結束用途にも利用されてきたといいます。使うのは若いマンサクの細い幹や枝で、生のうちに樹皮ごとねじって繊維をほぐし、またときには掛矢(大きな木槌)で叩くなどして柔らかくし、細長く平らな帯のような形に加工して使用しました。
そして、この結束材とするため細い幹や枝をねじったり曲げたりして繊維をほぐすことをまさに「捻(ね)る」といい、元は結束材に適した樹木をまとめて「ネソ」などと呼んだようです。ですから、ネソにはマンサク以外の樹木(ガマズミ、ソヨゴ、カマツカ、ヤマボウシ、リョウブなど)が含まれていたはずなのですが、特にマンサクがよく利用されたせいか、やがて「ネソorネリソorネッソ」がマンサクの別名として前述の各地に定着したようです。そういえば、紀州ではこうした用途にはもっぱらフジやクロモジなどが用いられました。マンサクが紀州でネソ等と呼ばれることがなかったのは、そのせいかもしれません。
ついでですが、このように「ネソ」を多用した地域では、未熟な若者を「ネソもようねらんで」とたしなめる言葉があったとのこと。直径2cmほどのマンサクの木を腕力で「ねる」のはかなりの力仕事であると同時に経験でしか習得できないコツもあるのでしょう。厳しい山村の暮らしにおいてマンサクをネソに「ねる」ことが、一人前の成人男子と認められるに不可欠の生活技術であったことがうかがわれますね。
話は飛びますが、飛騨の白川郷や越中五箇山の合掌造り家屋ですが、驚くべきことに、あの巨大な重量屋根を支える木組みに釘やカスガイなどの金具はただの一本も使われていません。外観からはローブ状のもので縛った部分しか見えませんが、家屋の中に入ってよく観察してみると、「ヤナカ」と呼ぶ横木と「クダリ」と呼ぶ縦木の交差部が木の皮のように見えるもので締め上げるようにしっかり結束されていることが分かります。あれこそがマンサクのネソで、生のうちに巻き付けられたものが時間とともに乾燥して交差部を強く締めつけ、木組みを頑丈に作り上げています。さらにそれと同時に、ネソで「結び合わせる」という柔軟な固定法の特性から、強風による屋根全体の揺れにもしなやかに対応して倒壊を防いでいるといいます。釘やカスガイなどの金具ではこうはいきません。昔の山里の人たちが植物の性格を熟知して、見事に活用していたことがよくわかります。
合掌造りの内部、ネソで結束している所。ねった部分以外は元のマンサクの原型が残り、それを結束部の滑り止めに利用している。(『木の雑記帳』HPより)
いまや、このような優れた技術はほとんど失われました。その代わり「ネソもようねらんで」とオヤジどもから未熟さを馬鹿にされることもなくなったのですけれど、そのぶん確実に人間は自然から、さらには自然との共生から遠ざかりました。マンサクに限らず身近な植物を見事に利用してきた山村の知恵は、地球温暖化など人類が招いた危機を克服する上で今、かけがえのない手がかりを示してくれているように思うのですが、いかがでしょうか。
