僕にはキューバに僕のことを娘のことのようにかわいがってくれるパパが3人いて、

その中の一人に言葉が不自由なパパがいます。

 

彼とは僕が観光大使をしているカレタブエナから少し離れたところのシュノーケリングスポットで出会いました。

 

首にガーゼを巻いてる。

彼を一目見た時にすぐにわかりました。


あ…あのおじちゃん、うちのお父さんと同じだ…!

 

彼と目が合って、話しかけずにはいられなかった。



話しかけると、

やっぱり彼は喉頭ガンで声帯を摘出し、声を失った人でした。

 

一生懸命言葉を伝えようとする彼の話し方は、

破裂音や無清音だけが空気で伝わってくるという感じで

(例えば「Gracias!(グラシアス/スペイン語のありがとう)」が

「ク…スィア…!」というように聞こえる)


どうコミュニケーションをとったかというと、その空気の声を一緒にいた息子さんが感じ取って、音声に通訳してくれるという流れ。

 

「ゴメンね、聞いちゃうけど、それ、もしかして」

「そうだよ。喉頭ガンだよ。よくわかったね」

「うちのお父さんがそうだったから」

「そうだったのかい…!」

 

彼は涙を流しました。

僕もいつのまにか泣いてました。

 

「もう手術して12年なんだ。ぼくは転移もなかったからもう大丈夫なんだ。

キミのパパと同じなら、ぼくはキミのキューバのパパだ。」

 

彼は、彼と彼の奥さん二人が暮らすおうちに招待してくれました。

 

はじめは奥さんの通訳がないときは

筆談にしてもらったりジェスチャーしてもらったりで面倒かけてしまって申し訳ないなと思っていたけど、

 

一緒にご飯食べたり

一緒にテレビ観て笑ったり

一緒に配給のパンとかお米をもらいに行ったりしてるうちに

濃さとか甘さとかばっちりパパ好みのコーヒーを淹れられるようになって

 

お互いの呼び名もすっかり「パパ」「ママ」「娘」になっていて。

 


バイバイするときには泣いてしまう程でした。

 

それから僕は観光大使になり、カレタブエナに視察に行くためキューバに何回も足を運んでいたのだけど、

会いたいと思っても、お金や物資不足の中、僕のことをすごくもてなしてくれちゃうからなんだか悪いな、と再会を先延ばしにしていました。

 

そして今回、たまたま日本に帰国したときに観た映画のワンシーンで、

喉頭ガンの人に人工声帯を渡しに行くシーンがあって。

 

「あ。。!これ!!うちのお父さんが使ってたやつ。。!!」

 とハッとしました。

(↑実際うちの父が使っていたもの)


正式な名前は「電気式人工咽頭」。

この機械を喉元に当て、振動で声のような音を出す機械なのだけど、

これを使うとだれでも同じ声になるのだけど、僕にとっては父の声。


これで「サトコー」と呼んでいる父の声は今でも鮮明に思い出せるし、これを使うといつでも父の声を聞ける。

 

この父の声をパパにあげたらすごく喜んでくれるんじゃないか?!

キューバではこんな機械はなかなか手に入らない。

 

なんで今まで気がつかなかったんだろう!

 

確認を取るために実家の母に電話しました。

「お父さんのあの声の機械、あげてもいい?」

母は快諾してくれた。

 

なら、パパママに電話しよう!

と思ったら、あれ、電話番号がない。。?

ああ。。!電話番号、前の壊れた携帯に入ってたんだ。。!!


キューバは社会主義の国。

ネットも一部の限られた場所で、地元キューバ人にとってはとても高い。

パパと連絡とるのは電話しかないのに。。

 

もうバカバカ!なにしてんだ僕!!


。。。というわけで、直接行ってこようと思います!


気づけばあれから2年経ってる。。!

会えなくてもキューバ国内にいるときに何回かメッセージや電話して1年前くらいまでは元気なのを知ってるけど、ここ1年間どうしてるか知らない。。


来週またカレタブエナに視察に行くので、その時になにがなんでも時間を作って行こうと思います。

 

どうか健康で、元気なパパに会えますように。。。!



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【壁と僕。】世界中の壁ばかりをUPしているインスタです。よかったら遊びにきてね^^この壁はキューバ!