放送大学面接授業 2024年10月26、27日
東京文京学習センター
仏教思想ー原典に学ぶー
斉藤明・蓑輪顕量・高橋晃一 先生
レポートテーマ
「空」についての考察
ゴータマ・ブッダ入滅後の仏教は、教典の解釈の違いによってさまざまな部派に分かれアジアの諸国に伝わり、各国でさらに新しい宗派が生まれていった。
そして、「空」の解釈についてもまたいくつもの異なる概念が展開された。
龍樹は『中論』で、一切は空であり、縁起する世界であり、それを直視することが涅槃であると説いた。
一方、世親は『倶舎論』で五蘊の実体性と人間の概念性を主張し、『菩薩地』や『唯識三十頌』は、私たちが見ている世界が認識の表象にすぎないと考えた。
では、これらの異なる「空」の概念を、私たちはどう捉え、何を学びとればよいのか。
ゴータマ・ブッダの対機説法や大乗仏教の『法華経』では、教えを説くためにさまざまな比喩表現が用いられた。
なぜ、そのような多様な表現を用いることができたのか。
それは、「諸法」が「無我」であり、「縁起」によって生じているからにほかならない。
すべての事物は単独で固有の本質が無く原因と条件によって生じ、不変ではないのだから、表現方法はさまざまでり、逆にそれによって一つの概念に偏り、こだわり、とらわれることなく、自由に顕すことができるのだ。
だから、「空」の概念についての異なる主張も、対象を観察する視点や切り取り方の違いによって、見え方が変わってくるということであり、その正否を問うものではない。
むしろ、私たちが「空」を観ずる過程でどれも必要不可欠な要素なのである。
ゴータマ・ブッダの原始仏典の中で、「空」は次のように語られている。
「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ。そうすれば死を乗り超えることができるであろう。このように世界を観ずる人を<死の王>は見ることがない。」
(『ブッダのことば(スッタニパータ)』第五 彼岸に至る道の章 119項)
「「一切の形成されたものは空である」と明らかな智慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。」
(『ブッダの咸興のことば(ウダーナヴァルガ)』第十二 道 7項)
「空」を観ずる人は、「死を乗り超え」「苦しみから遠ざかり離れる」ことができると、ブッダは断言した。
ここで大事なのは、「空」を観ずることは最終目的ではなく、「苦」から離れるための「方便(手だて)」だということである。
そして、そのために「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って」「明らかな智慧をもって観る」という条件が必要なのである。
したがって、さまざまな「空」の概念を学ぶことは、いったん自我の見解をたたきこわすために必要不可欠であり、学びとったことを要素として考察を重ね「明らかな智慧」をもつことが必要である。
先日NHKで放送された『最後の講義~福岡伸一』という番組の中で、生物学者の福岡先生が講義されていた内容には、仏教思想と共通する点がみられた。
「エントロピー増大の法則に逆らい、生命が38億年も続いた訳は、頑丈につくることを諦め最初から”ゆるゆるやわやわ”に自分自身を作っておいて、法則が襲ってくるより先回りして自分自身を積極的に壊して再び合成しながら長い秩序を守り続けてきたからだ」
生命が自らの破壊と合成を繰り返しながら長い秩序を守り続けてきたように、仏教思想では自我の破壊と明らかな智慧の合成によって「空」を観じ「苦」から離れることによって心のバランスを保とうとしてきた。
「物理学の自然というのは自然をたわめた不自然な作りものだ。一度この作りものを通って、それからまた自然にもどるのが学問の本質そのものだろう。」
「活動しゃしんで運動を見る方法がつまり学問の方法だろう。無限の連続を有限のコマにかたづけてしまう。しかし、絵描きはもっと他の方法で運動をあらわしている。」 (『滞独日記』朝永振一郎(ノーベル物理学者))
「機械論的な生命観は、生命をたわめた作りものだ。一度この作りものを通って、動的平衡な生命観にもどるのが学問の本質だろう。」(福岡伸一)
学問の方法として、いったん機械的に一コマずつ観察・発見・学習する必要はあるが、しかしそこで終わってしまってはまだ不完全な学問である。
すべてものごとは「諸行無常」「諸法無我」であり「縁起」によって動的平衡を保っているのだから、時間的・相対的な「部分」と「全体」を自由自在に切り替えながら総合的に観ずることのできる視点を持つことが重要だ。
「機械論的な「空」観は、「空」をたわめた作りものだ。一度この作りものを通って、動的平衡な「空」観にもどるのが学問の本質だろう。」
とも言えないだろうか。
【参考文献】
『ブッダのことば(スッタニパータ)』第五 彼岸に至る道の章 119項
『ブッダの咸興のことば(ウダーナヴァルガ)』第十二 道 7項
『最後の講義~福岡伸一』(NHK TV)
『滞独日記』朝永振一郎
