第17話 言葉の通じない鬼教官現る!!

世の中はバブルに酔う時代

一緒に水俣から出てきた


ヤンキー三人衆は、それぞれが
どうなったのかもわからないまま
バラバラに大阪の生活をスタートする中

とりあえず僕を引き取ってくれた
優しい姉には感謝しつつも

狭くて気まずい姉の愛の巣を
遂に飛立つ事が決まった
大阪に出稼ぎに来た
15歳、中卒のやんちゃくれ坊主。

無事に、出稼ぎらしい仕事にありつき
広々〜とした個室を与えられ

希望と野望に満ちて
お客さんのガソリンを満タンにする
仕事がスタートしたのです。

心も満タンに…コスモ石油🎵

まずは都会の、ど真ん中、本店の
大阪市西区の四ツ橋で
働く事になりました!

挨拶まわりもほどほどに
水俣弁で済まして
皆さん、笑顔だった。ʕ•ᴥ•ʔ

なんか、良い人ばかり…。

※後から聞いた話では
まった、キッツイ九州弁ナマリの
クソ坊主が入って来よった!!
と、噂されていたようです。

ていうか、周りも
九州からの出稼ぎの
先輩だらけの職場でした。

そこで、名古屋出身である
新人教育担当の人が
しょっぱなから、飛ばしてくれ
予想外の鬼教官ブリを、ぶっ放してきます。

いきなり、小嶋〜!!
小嶋〜!!!

こじみゃ〜〜!!

と、遠くから叫びます!!
わざと遠くから無駄に叫びまくります。

たまに、こ、じ、ま〜⤴︎的な
ごきげんなアクセントを付けて。

なんば言うとるとな!?
と、ノッソリと近づいてみると…

コリャ〜!!

走って、大きな声でこんかい!!
ダッシュだがや!!!( *`ω´)

オミャーは、元気だけしか
取り柄がないんや!!

この、馬鹿たれがー!!

と、名古屋弁で、叱られます。

いきなり馬鹿にされたようで
ムカついてしまい

得意のメンチを切ってると、鬼教官の
怒りはMAXへ(笑)

◯❌🔺ゞ⁂‰⊇(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾コリャ〜!!

名古屋弁でマジ切れした鬼教官。

もう何を喋ってるのか
まったくわからないまま
むしろ、笑えるくらいの激ギレ。

語尾だけ、聞き取れました。

着いて来い!!クソ坊主!!とね。

一緒に歩く事5分

着いたのは、心斎橋。(長堀通り)
でした。
※今は無き、本物の心斎橋です。

(鬼教官)
小嶋〜!!
今からここで、歩いてる人全員に
聞こえるように、サービスの心得を
叫べら〜!!
※挨拶用語的な紙を渡される。

(新人小嶋)
嫌ばい!恥ずかしかっ!!
誰に指図しとっとか!!
おら、せんばい!!

(鬼教官)
◯❌🔺ゞ⁂‰⊇(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾コリャ〜!!

九州弁をしゃべるなー!!!
こん田舎モンが〜!!

はよせんかー!!

1時間、繰り返しやれ〜!!
やるまで、帰らせんデラ〜!!

しょうがないので
僕は美声を発揮して
紙を読み上げました。

い、いらっしゃいませボソっ
あ、ありがとうございましたボソっ

わざと小さくね。一回だけ。

そうすると、鬼教官
あきれて、僕を放ったらかして
スタンドに返ってしまいました。

待つ事、小1時間…。

しょうがないので、僕は
テクテクと、スタンドに戻りました。

スタンドに帰ると…
鬼教官、かなりキレてます。

物凄いキレてます(笑)

そして、僕の水俣弁を
馬鹿にして、みんなの前で
怒鳴り散らします。

だから、僕は心に誓いました。
この鬼教官とは、もう

あえて水俣弁で対抗するという事に。

55歳の名古屋弁
VS
15歳の水俣弁

この対決は、周りの人からも
物凄く面白かったみたいです。

例えば、鬼教官が
ゴミをほっとけ!と命令すると
僕は、ゴミをジ〜っと見てるだけ。

なんでほうれへんねん!?
と聞かれると、僕は言い返す。

アンタは、ほっとけと言うた。
だから、何もせずほっといた。

鬼教官は、ゴミを捨てとけと言うたのに
僕は、何もするなと解釈する。

もう、方言というか
言葉の意味の違いの対決だった。

鬼教官の悪口を言う時は
あえて鬼教官には通じない
水俣弁で言う。

九州人にはわかる的な。

それからも方言による
言葉の違いの対決は続いたが

僕は仕事だけは一生懸命に
頑張り、給油と、洗車だけは
ハイスピードで、上達した。

なぜなら、車が大好きだったからだ。
四ツ橋といえば、オフィス街。
時代はバブル。

お客さんの預かる車も
ベンツ、BMW、ロールスロイス
ポルシェに、フェラーリなど。
高級車ばかり。

誰よりも車をピカピカに磨くので
外車担当に任命された。
入社して、3ヶ月後には
16歳になっていたが、
なんと、敷地内は、運転免許が
必要無いと言う事で、お客さんの車を
預かったら、自ら運転して
車を移動する事になったのです。

それからというもの
外車の運転だけは
一流の運転駐車技術を会得しました。

沢山の車を預かるので
ミリ単位の運転技術が必要でした。

お客さんからは
絶大な人気を得ました。

なんせ、僕が洗い磨いた車は
隅々まで、ピッカピカになるからです。

お客さんが喜ぶ顔を見たい!
鏡のようにツヤツヤの車を
お客さんに見て貰いたい。

バブルという時代だったので
お客さんからのチップや
お土産、ジュース代は

ガッポガッポでした。

僕が販売するケミカル商品は
常に、店の販売トップでした。

半年もすると
時給は、620円から
670円にアップしました!!

その後すぐ、社員に昇格しました。

フルに働いて
月収17万〜20万位だったでしょうか…

社員寮は、ほぼ、タダ

貧乏だった僕は

一気に金持ちになった気分でした。

いや〜

自分で働いた給料って
すがすがしい。

嬉しいし、毎月が楽しみだった。

離れ離れになった友人とも
チョイチョイ遊ぶ様になりました。



実は鬼教官は、もう定年退職だったらしく
最後に二人で夜ご飯をご馳走してくれました。

鬼教官は語る…

お前が、姉ちゃんと面接に来た事
面倒みる親がいなかった事…
田舎モンだったから、寂しいだろうと
ワシは、小嶋を心配していた。

だから、ワザと厳しくしてな。
一人前にしてやろうと
可愛がってやったのだ!!と…。

お前は、ワシの最後の教え子じゃ。
ワッハッハ!!

これからも、一流
ガソリンスタンドマンに
なるんやで!!と…。

意地悪なクソジジイと思ってた
中山鬼教官は、本当は優しい
クソジジイだとわかり
もうすぐで定年退職するという
クソジジイに、僕は深い感謝をした。

美味かったな!
ご馳走になった中華丼(笑)

そして、その夜が
鬼教官と会うのは最後だったのです。

もうすぐどころか
最後の出勤の夜だったんだと
翌日に気付かされました。

わかっていたら
感謝の言葉でも伝えたのに…。
あのクソジジイめ。

そして僕は誓う。

一流のガソリンスタンドマンには
ならんけども、一人前の社会人には
なろうと。


今日はここらで良かろかい?(^ ^)

次回は、第18話 水俣の某ケーキ屋の
ドラ息子が、大阪に現る!