タクシーで行くことにしたのは、もちろんT女史のHondaの後部に座って、そこから振り落とされることを懸念したからだ。

渋滞のない時間帯にタクシーが何分走ったのか。10分ほどだったかもしれない。しかし、かなり長い時間のように感じられた。とにかく、どこでもいいから到着してほしかった。病院でなくていいから。

タクシーが速度を落とした。病院に到着したらしい。ドライバーが降りて赤と緑のネオンが灯る救急受付の入口らしい場所を確認してくれたが、鉄扉は閉じられたままだった。

彼はまたクルマに戻って、別の入口を探そうと、その一画をぐるりとゆっくり回ろうとしている。

ちょうど一周して、おそらくさっきと同じ場所でタクシーは停車した。ドライバーがネオンで薄暗く照らされた鉄扉を開けようとしたが、施錠されているようで扉はやはり微動だにしない。インターコムで中と話そうともしたが、応答はないようだった。体調がどうなってもいいから、うちに帰りたかった……。

ドライバーがクルマを発進させた。別の病院へ向かおうとしてくれているらしい。目的地に到着したのだから、彼の仕事は完了しているはず。料金をだますタクシー運転手にはベトナムで何度か出合ったが、こんな親切心のある人は初めてだった。感恩。