伊藤論文には、パリ和平協定調印直後に開かれた1973年2月の予算委員会での大平正芳外相による発言として「サイゴン政権は南ベトナムにおいても唯一の政権ではない」「北ベトナムと日本政府が国交をもつことについて、躊躇する理由はない」と、朝日年鑑を引用している個所がある。該当すると思われる予算委員会でのやりとりはどんなものだったのか。大平外相による発言を引き出したのはいずれの日本共産党の不破哲三と梅田勝である。

まず「サイゴン政権は南ベトナムにおいても唯一の政権ではない」との発言だが、以下が該当する部分だとすると、きわめて答弁しにくい質問であって、外相はこれほど明言していない。まして大平正芳であれば、なおさらである。

第71回衆議院予算委員会(2月2日)

不破哲三:……サイゴン政権が南北ベトナムを代表する政府だという見解は、とられていないというように考えていいわけですか。

大平正芳:現実にサイゴン政府が全ベトナムを支配していないばかりか、南ベトナムの地域におきましても一つの勢力(臨時革命政府/解放戦線)が現存しておる事態であることを頭に置きまして、そしてこれはそういう事態である状態を、和平取り決めのラインに沿いまして統一ベトナムへの道をいまから歩んでいこうという状態にあるということを頭に置いて、今後の取り組み方を考えなければならぬと考えております。

不破哲三:私さっぱりわからないのですけれども……

南ベトナム政府と戦後賠償問題を処理したことについて「政治的問題性は残っている」との外相答弁に対して、

不破哲三:……政府が外交関係を結すんでおるサイゴン政権については、これはだれをどのように代表する政権として今後関係を続けていくつもりなのか……

大平正芳:……南ベトナムにある政府として南ベトナム人民の自決権というものをいまから打ち立てていく当事政府としての立場、そういった立場を念頭に置いて考えていきたいと思います。

不破哲三:そうすると、南ベトナムに住んでいる南ベトナム人民全体を代表する政権とは考えられないわけですね。

大平正芳:南ベトナムではいま、和平取りきめにもありますように、もう一つ別な勢力が存在するということでございまして、サイゴン政府が、そういう支配におきまして制約を持っておるということは考えておかなければいけないと思います。