ここ8年くらいか。
めちゃくちゃ動きまくって、
住む場所を転々としていた。
何回、移動したっけな。
大阪→神戸→大阪→徳島→白浜 (イマココ)
まさに、流浪の民である。
迷いの中にいたのか、否か。
その瞬間、やりたい事を叶える為だったのか?
はたまた、終の棲家を探していたのか。
おかげ様で、引っ越し作業には慣れたもんだよ。笑
家電の類の空き箱も、捨てずに置いておく癖がついた。
引っ越す時に、梱包しやすいからね。笑
そして、その時が近づくと、
そそくさと不要品の分別をつけて、
荷造りをし始める。
ほんと、慣れたもんだよ。笑
そして今、まさに。
今月末で、今の職場での勤務を終えて、
大阪に帰ることになっている。
白浜は素敵な町だったし、
面白い人たちにも会えた。
だけれども、終の棲家には、なり得なかった。
友達も増えなかったし、何より、
行動に規制がかかりすぎる。
面白くない。つまんない。
散歩に行けない犬みたい。
世界がどんどん狭くなるのを感じた。
好奇心旺盛な自分は、行動に制限がかかると無理なんよ。
私にとって、退屈やマンネリ、が1番の敵だ。
いつもいつでも、心の赴くままに、
好きに動かしてやらないと、ダレちゃう。
心が、死ぬ。
だから、サラッと大阪に帰ることにした。
そして、今、ちょうど家を探してる。
物件探しって、楽しいよなぁ。
その土地で、どんな暮らしが始まるのか、
とてもワクワクする。
幾度かの家移りを経験して、
自分が心地よく日常を過ごせる条件は、
もちろん把握している。
それを踏まえて、仲介屋さんと相談しながら、
今も物件を探しているんだけれども。
当初に出した希望とは、随分、変わって来た。
『最寄りの駅はこの辺りで〜』
って、絞り込んだはずの土地から、だいぶズレてきた。
『通勤がラクで、街にも出やすくて、実家に帰るのにも便利で〜』
て条件で探し始めたのだけども。
『街に出やすい』とか、『実家に帰りやすい』を無視し始めている。
おそらく、気づいてしまったんだろう。
今いる白浜と比べたら、
大阪府下にいる以上、どこにいても、
街には出やすいし、実家にも帰りやすい。
そう思ったのだろう。
そうして、条件としては、
おざなりになったんだろう。笑
今では、単純に、家賃のコストと部屋の間取り。
暮らしやすさ。
それだけを考えているんだろうな。
誰と暮らすわけでもないし、
私は私のために、心地よい場所を選ぶ。
その結果、驚く様な展開になっている。
『いやぁ、ここは昔、勤めてたライブハウスがあって、土地勘はあるんですけど、住むには、ねぇ。』
と、当初、不動産屋さんで『無い、無い!』アピールをした場所に、
希望物件が集中し始めているのだ。
おかしなもんです。人というのは。
引っ越しを決めてから、あるいは、
今の職場から去ることを決めてから、なのか。
どうも、最期を見据えているようで。
感覚的に生きている自分は、
結局、そういう選択肢を取るみたいだ。
見覚えのある、水辺の観光地。
そこはかつて、1番初めに勤めたライブハウスがあった場所。
最初に夢を叶えた場所だ。
想い描いた景色を、少しだけでも観ることができた場所。
そして、夢敗れて、打ちひしがれた場所、だ。
誰もいない、あのステージで、1人。
突っ伏して泣いたことは、一生忘れない。
結局、あの時に戻りたいというよりは、
あの時の感情を整理するべく、
あの街に戻りたいんだろうなぁ、と。
なんだかんだで、『これで良かった』と思えりゃ幸い。
それにしても、水辺を好むのは、
星回り的な性質なのか、
はたまた、親からの遺伝なのか。
大きな地震で、命を落とす可能性が高まったとしても、
水の近くに住みたいと願う衝動には勝てそうにありませんなぁ。笑
休日に、ぼんやり海眺めて、夕陽を楽しみたいのかな。
まぁ、そういう性分なら仕方ないですね。
叶えてやれるのは、私だけだからなぁ。
46年間、生きてみて、
夕陽は、どこで見ても美しいって、
わかったからさぁ。
どこに居たって、えぇよなぁ。
