古典名言とワタシの随想集

古典名言とワタシの随想集

中国古典、仏教の経典は何か堅苦しいのも、古臭いものだと遠ざけてしまいがち。

しかし、新しい視点で観ると別の意味を見出すことができたりします。

そんな名言や一節を、私自身の勉強も兼ねて随想していきます。

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こんにちわ。

今日は仏教の言葉「四苦八苦」についてお話します。
四苦八苦は皆さんご存じだと思いますが、この言葉の中には「8つの苦しみ」の意味を持っています。


1. 生

  この世に生まれて、生きてゆかなければならない苦しみ。

2. 老

  生きているからには、老いていく苦しみ。

3. 病

  病気になったり、健康でいられない苦しみ。

4. 死

  いつかは死んでしまう苦しみ。


5. 愛別離苦 (あいべつりく)

  親しい人、愛する人でも、いつか必ずは別れなければならない苦しみ。

6. 怨憎会苦 (おんぞうえく)

  憎い奴、嫌いな人間、好まない物とも付き合っていかなければならない苦しみ。


7. 求不得苦 (ぐふとくく)

  いくら欲しい物であろうと、手に入らないものは思い通りにいかない苦しみ。

8. 五蘊成苦 (ごうんじょうく)
  
  これらの苦しみは五蘊(色・受・想・行・識)によるもの。



苦しみの元凶とは何か?その時の心の働きとは?
そういったものを、心理学のように分析して、自分で受け止めることで苦しみを理解する、つまり「仏教」とは幸せになるための心の持ち方を考える学問です。私は個人的には「宗教組織」というより、「哲学体系」であると思っています。『四苦八苦』は身近な言葉ながらも、非常に示唆に富んだ言葉ですね。


生まれてから死んでいくまで、私たちはこれだけ苦しい毎日を送らないといけないんですね。仏教はある意味、ニヒリズムに近い「諦め」の思想です。しかし、真正面から受け止めることができた「苦しみ」は「活力」へと変えることができます。

「なぜ自分ばかりこんな目にあうのか?」
「自分にもう少し才能があれば…。」
「なぜあんな嫌いな奴と一緒に仕事をしないといけないのか。」

皆さんも色々な苦しみがあると思います。
でも、人として゛弱いところ”がないと人生なんて分からないでしょう。




はじめまして。
現在、日本海側の雪国で学生をやっております、コジサンです。

今回、日ごろから勉強している中国古典や仏教の経典について、私自身の勉強も兼ねて記事にしていこうと思い立ちました。私が心動かされた名言などを、皆さんと少しでも共有できたらと思います。


ではさっそく、最初の言葉です。



子貢曰く、貧にして諂うなく、富みて驕ることなきは、如何と。

子曰く、可なり。未だ貧にして楽しみ、富みて礼を好む者には若かざるなりと。



[現代語訳]


 子貢(しこう:弟子の一人)が孔子にたずねた。

「貧乏でも卑屈にならない。裕福でいても傲慢でない、こうした人間は偉いと思いますか?」

 孔子が答えた。

「まず立派だろうね。だが、貧乏でも人生を楽しみ、裕福であっても礼の決まりを守る。そういう人物には一歩譲るだろうね」


 『論語 学而編』より


論語はご存じ、孔子の言葉を弟子が編纂してまとめた書物で、孔子は紀元前500年くらい、春秋時代の思想家です。幼いときに両親をなくして孤児として育ちながらも、苦学して学者となった人です。


堅苦しいイメージをお持ちの方も多いかと思いますが、「思想家」である孔子の人間味あふれる言葉が数多く書かれています。


これを読んで「なんだ、当たり前のことじゃないか」と思われる方は凄いですね。

しかし、当たり前でも日々出来ているかと聞かれると、うなずける方は少ないと思います。


ここの「裕福」は何も経済的意味だけではありません。

お金、成績、容姿、社会的地位、etc...


私たちは日々多くの「比較」の中で生活しています。自分の周りを見回せば、アルバイトで少ない時給で生活する者もいれば、家の財産で余裕がある人、必死に努力しても報われない学生、適当な努力でポンポン入試をクリアする人・・・。様々な立ち位置がありますね。


卑屈にならない見方、傲慢にならない見方。これは相当難しいことだと日々感じます。


私の友人でとても家が裕福な方がいます。まだ学生ですが、親から貰った数十万のアクセサリーを付けて、私に自慢してきました。私は心の中では


(まだ働いてもいないのに、何を偉そうに。そんな高級品、似合いもしない・・・)


と一瞬考えてしまいました。


働いてもいないのに、そんな高級品。 この意見はある意味正しいと思います。

しかし、私はそんなにお金のある身ではなく、どうしても卑屈さが入ってしまいました。


とっさにこの孔子の言葉を思い出して私は考えなおしました。

大切な友人が純粋に「これ、どう?」と聞いてきて、こんなクダラナイ思考をしてしまった自分が情けない限りです。友人の自慢があったにしても、私はつまらない色眼鏡をかけずに、そのアクセサリーの感想を伝えてあげれば、それはそれで良いのですから。




他にも、こんな例があります。

以前、秋葉原で通り魔の事件がありましたね。

その時に評論家が言いました。「私共は俗に勝ち組だって言われますが、色々悩みますし、大変ですなんですよ。勝ち組だから楽な人生って訳でもないし、犯人にはもっと良識を持ってほしいですね」

この意見について、皆さんはどう思われますか?

勝ち組なら、同情は簡単です。でも、実際問題、生活に困ってる人はそんなに余裕はありません。貧乏でいても卑屈にならない。これは本当に難しいことです。「もっと良識を」では解決できないように感じます。


だからこそ、私は「貧乏でも人生を楽しむ」、そうありたいと考えています。

同時に、自分の意見が傲慢でないのか。それを常に意識して生活していきたいですね。


是非、皆さんの意見を伺わせてください~。