赤い薔薇と名もなき雑草①

赤い薔薇と名もなき雑草②

赤い薔薇と名もなき雑草③



彩夏と付き合いだして、分かったことが一つある。彼女はいたって普通の女子大生だということだ。家柄がどうだとか、そんなことは付加価値にすぎない。

 週末、デートをする回数が増えてくると、ますますそう思えるのだ。彩夏は決しておしゃれに気を使うタイプではないが、かといって無頓着というわけでもない。隆志もそのあたりは意識しながら、並んで歩いているときにアンバランスにならないようにしようとしていた。彩夏は、前日に「あした着る服」という写真を送信してくる。時にはデニムのスカートだったり、ワンピースだったり。その日の気分によってコロコロ変わった。

 隆志もジーンズにTシャツやらポロシャツやら、いろんな組み合わせを試していた。

「隆志君、せっかくだから今度着る服オソロにしようか」

時々彩夏語が出てくるのも面白い。おそろいの服、略してオソロ。い、しか略していないではないか。同級生に紀村という男がいるが、あだ名はキム。それとレベルが一緒だ。

「どんな服がいいかなあ」

 と、彩夏は真剣に悩んでいる。隆志はそういう時、声をかけない。

「こんなのどう?」

「却下」

 そうやって冷たくあしらうのが得意な彼女だった。彩夏にとってすでに方向性というか、答えは大方出てしまうった上で悩むのであって、声に出しているときには隆志の意見が入り込む余地は微塵もいと言っていいのかもしれなかった。彼氏としては、少々切ない思いがある。

 

 ある日、映画を観に行った。前評判の高い映画らしく、さらに3Dということもあってか、人気は相当なものだった。世の中夏休みに入っていることもあって、平日だというのに長蛇の列を作っていた。

「こんなことならネットで予約しとくんだったな」

 隆志がそう言うと、彩夏は反論する。

「日本人って言うのはね、どんな状況でも律儀に並ぶ国民なのよ。前後の人が全く他人でも、同じ行動をすることによって親近感とか団結なんていうことが起こるものなの」

「そんなものなのかなあ」

 隆志は半信半疑の声を上げた。確かにランチに並ぶ行列を幾度となく見ているけれど、違和感なく整然と並び、携帯をいじるか、連れと話すか、待ち時間を有効に使おうと読書に興じるか、人それぞれである。しかしながら最終目的地はみな同じなのだ。

「そう言えば、映画なんて久しぶりだな」

 夏がつぶやく。

「久しぶりって、どれくらい?」

 うーん、と少し考え込んでから、忘れちゃった、と言った。

 隆志にとって、彩夏がいつ映画を観に行ったのかということはどうでもいいことだった。もっと言ってしまうと、誰と行ったとか、何を観たかということは、すでに過去のことである。大切なのはこれから、誰と映画を観るかということで、映画の内容に関してはあまり重要視しなかった。最近の映画のサイクルはとても早いので、気になる映画の期間が終わってしまっても、半年と経たぬうちにDVDで販売もしくはレンタルになって自宅で楽しむことができるのだ。

「あ、やっと進んだ」

 チケットカウンターでは大賑わいを見せている。前面のディスプレイでは上映時間が表示され、隆志たちが観ようとしている映画は『残席わずか』の黄色い表示に変わっていた。

「さすが注目作」

 と、彩夏はひとり満足したようにつぶやいた。隆志も「そうだね」とうなずく。

 それから少しして、『残席わずか』は『満席』の赤い表示になり、やむなくその次の回の上映を観ることとなった。

「時間、空いちゃったね。どうする?」

「別にいいんじゃない?それよりお腹すいた」

 ランチにするには中途半端な時間だったが、いつも彩夏は朝ごはんを食べない。この時間におなかがすくのは当然と言えば当然のことで、隆志は彩夏の意見に賛同し、軽く昼食を摂ることにした。

「で、何食べる?」

「今日は隆志が食べたいのにする」

「ほんとにいいの?」

「うん」

「ラーメンになるよ?」

「私もラーメン食べたいもん」

「もし俺が牛丼食べたいって言ってたら?」

「ラーメンが食べられる牛丼屋さんか、牛丼が食べられるラーメン屋さん。そうじゃなければ却下」

「・・・納得です」

 いつもこのパターンである。



 ラーメン店は、少しだけ混んでいた。さすがに休みの人もなると、ごった返すのは必然と言えば必然である。二人はテーブル席について、特製味噌チャーシューとあっさり醤油の大盛りが来るのを待つ。

「腹、減ってんだね」

 隆志は意地悪を言ってみる。しかし彩夏は動じない。

「注文取りに来た子、表情変わったもんね。あっさり醤油は大盛りだけど、お金出すから特盛りにならないかって言ったら、黙っちゃって」

「チェーン店のラーメン屋のメニューにないものをわざと注文して店の反応をみるなんて。鬼だな」

「でもあの子、ちゃんと『ちょっと聞いてきます』って確認行ってくれたでしょ?いきなり『無理です』って言わなかっただけ偉いと思う」

「そりゃあ彩夏の眼が怖かったからじゃないの?」

 隆志は笑った。それもあるのかな、とだけ彩夏は言った。

 確かに、ここのラーメンはうまい。チェーン店とは言うものの、最近注目を集めている店だった。テレビやその他のメディアにもよく取り上げられるようになったし、ある芸能人が、よく訪れているとツイッタ―でつぶやいたことも人気の一つになっているのだろうと思っていた。



 二人はラーメンランチのあと、映画を観て、ぶらっとその辺をぶらついて、カフェに入ってお茶をして、何をどうしたということなくいつも通りの時間に家路についていた。

「今日はありがとう、またね」

「うん、またメールするから」

 この会話も、半年ほど変わらない。変える気もない。全てにおいて、あまりに平坦な交際だった。刺激がほしい、とか、それを望んだことはなかった。彩夏もそんな平坦な交際か続くことを望んでいるのだと思っていた。

 夏が終わり、秋になる。大学の後期日程がスタートし始めたころ、二人の間に不穏な空気が流れだす。

 きっかけは、隆志の何気ない一言だった。

「彩夏のお父さんってさ、実業家なんだよな。俺の好きなあのラーメン屋、この間彩夏の家の会社が傘下に収めたって言ってたもんなぁ。やっぱ彩夏のとこはすごいよ」

 すると、彩夏が声のトーンを変えていったのだ。

「そんなの、私には関係ないから」

 その後何をどう言ったのか忘れてしまったが、はじめて喧嘩をした。当然その日は電話もメールもしなかった。少しずつ、二人の関係に変化が生じた瞬間でもあった。


つづく