少し疲れてましたが、
京都御所で休んだのと、チオビタ2000が効いたのか、
痛みも引いてきました。
歩いていると、なにやら物騒な建物が。
京都大学の学生寮だそうです。
今は遠い学生運動の臭いがしますね。
無駄に「見えない敵と斗う青春」、少し懐かしい(笑)。
「斗う」と書いて「たたかう」と読む

通りすがりに熊野神社があったので寄ります。
西国一番霊場は熊野那智大社の如意輪道だった青岸渡寺なので、
非常に興味深い。
由緒書きを読むと、熊野詣に由来するらしい。
普通、こういう神社は、大きな本社がどーんとあり、
地方で、その御利益に預かろうという趣旨で勧進するために、
こぢんまりとしているケースがほとんどです。
でもここは、公家たちが熊野まで行けないときに来ていたみたいで、
かつては、本社をしのいで繁盛していたようですね。

川越にも仙波日枝神社というのがありますが、
村社にもならないほど小さい。
東京赤坂の日枝神社の本社の勧進元とは思えないです。
子が親を越えるみたいなことが、ままあるんでしょうね。

回り道に選んだのは、東に1kmほどの平安神宮。
京都には何回か来てますが、
今まで行くチャンスがありませんでした。
京都の寺社の中ではあまり注目されてませんが、
調べてみると明治時代に博覧会の目玉として再建されたのですね。
つまり、歴史がない。

コロナの影響もあるのか、人は少なめです。
正面からの本殿全貌は、なんか見たことがあるような?
10円玉?、いやあれは平等院のはず。
でもまあ平安時代の建物は、こんな感じなのでしょうね。

庭の手前の左右に配置されていた、
青龍と白虎の像が、ちょっとカッコいい。
でも、朱雀と玄武が見当たりません。
\600で神苑に入るとあるのかなあ。
水がなかったので気づかなかったけど、
調べてみると、これは手水舎だったのね。
どうも、朱雀と玄武は居ないみたい。
北から平安神宮に行ったので、
参道を南に知恩院に向かいます。
広いなあ。

参道脇にお土産屋さんが並びます
清水焼が出ていたので、ちょっと見させてもらいます。
焼き物好きの自分には楽しい時間ですが、
並んでたのは普通の陶器屋さんにありそうなものばかり。
ちょっと残念ですねぇ。
もともと清水焼は、
大量生産の磁器みたいなデザインが多いので、
風合いを好む焼き物ファンは絡みにくいです。
知恩院の手前を左に曲がり、粟田神社に向かいます。
由緒は全然知りません。
たんに通りすがりに寄るだけです。
陶器神社も熊野神社も参拝者はほぼゼロでしたが、
ここはぼちぼち人がやってきます。
くりた神社じゃなくて、あわた神社なのね、
などと思いながらお参り。
ちょっと高台にあるので遠望もききます。

東海道に続く粟田口にあったのが名前の由来ということで、
旅のご加護が得られるとか。
遠出してきた自分に相応しい神社でした。
入口に小さな社があって、ちょっと風貌が違う。
気になって寄ると、鍛冶神社だそうで、
文字通り鍛冶屋さんの神様を祀っています。
この金属の板は玉鋼とかかしら?
こういう職業的な神社が多いのも、京都らしさなんですかね。
右 足下に埋められていた玉?鉄製?何だろ?
知恩院の手前には青蓮院があります。
ここも通りすがるまで知らなかったお寺さんです。
入口の大楠はなかなか見事です。
生えている土手?の苔も風情があって芸術的です。
写真は撮ってきたのですが、
こんな絵画のような風景を道ばたに見いだせるのが、
京都に来た甲斐があるというものです。
お庭も見たかったのですが、
そろそろ時間も気になるし、
入場料も気になるし、
ということで庭先で失礼しました。
地図を見直してみると、大谷祖廟がありました。
朝、大谷本廟でスタンプラリーをしていて、
最後の一つはこちらで押してください、てことなので、
知恩院はパスして、向かうことにしました。
知恩院の前の神宮道を歩いて行くと、
道の真ん中に知恩院の山門があります。
道を挟んでカフェの入った宿坊があったりして、
このあたり全体が知恩院の境内だったんでしょうね。
山門をくぐると円山公園に出ます。
ここもゆっくり過ごしたい場所ですねぇ。

書き忘れてましたが、今日はほんとうににいい天気で、
こういう散策にはぴったりの日です。
朝の鴨川は少し寒かったですが、
今は汗をかくくらいに暖かいです。
円山公園を抜けて、そのまま公園に沿った坂を上り、
大谷祖廟に向かいます。
曲がるのが少し速かったですね。
参道はもう少し先立ったので、
山門の脇から入る道筋になりました。
ここはお墓参りしている方がたくさんいました。
その中に混じって本堂にお参りをすまし、
これは参道を上ったところの山門
スタンプラリーの台が見つけましたが、・・・ない。
不審に思ってすスタンプ台紙を確認してみると、
最後の一つは(西)本願寺じゃないですか。
こりゃ、無いはずだわ。
しかも、ここは(東)本願寺の飛び地なので、
全然、見当違いも甚だしい。(注1)
社務所で聞かなくて良かったです(汗)

多少の気恥ずかしさを残して山門を下っていきます。
目標の駅は四条通の京都河原町駅なので、
八坂神社にも寄っていきましょう。
たしか、ここには高校の修学旅行で来たはずです。
おお、ここは意外に人出が多い。
大通りに面した参道には屋台も並んでいます。
なんかの例大祭とかだったかな。
コロナウィルス対策で、
本堂の前には職員が配置され、
ガラガラの綱はくくられています。
ん十年前に来たはずの神社ですが、
全然見覚えがない。悲しい。
ここは味のある摂社が多いですね。
大神宮社(だいじんぐうしゃ) 伊勢神宮の内宮と外宮
美御前社(うつくしごぜんしゃ) 美人の誉れ高き宗像三女神
悪王子社(あくおうじしゃ) 素戔嗚尊の荒魂(あらみたま)
刃物神社(はものじんじゃ) 天目一箇神
美御前社の前には美人水が湧いてます。
オラもすくって顔にぬります(笑)
その他、日吉神社、祖霊社、厳島神社を二礼二拍手一拝して回りました。
さらに、大國主社は工事中なので表から参拝し、
表参道の脇にあった蛭子神社に詣でて、末社巡りは完璧。

表門の狛犬。知ってる限り一番かっこいい、と思う
と思ってたんだが、調べてみたらほかにも、
玉光稲荷社、疫神社、命婦稲荷社、太田社もあるらしい。
出店に隠れたりしてわからなかった。
ま、末社の神々には申し訳ないですが、
これで祇園地区の霊場巡りは終了しました。
時刻は2時半くらい。
20番善峰寺に行く東向日駅までは、
電車で10分くらいですかね。
旅行前は歩きで何時間かかるか不安でしたが、
意外に早く回れました。
さあ、最後の仕上げです。
15kmは歩いたと思う。
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注1
本願寺は戦国時代末期から江戸時代にかけて、内部紛争で第12代准如の時代に分裂。大谷本廟(西大谷)と大谷祖廟(東大谷)は、それぞれ西本願寺と東本願寺の飛び地で、どちらも宗祖親鸞の墓所、墳墓を称している。清水寺のそばで寄った本山興正寺もほぼ同宗で、分裂前の本願寺と関係が深く、親鸞を宗祖とし、遺骨堂としての霊山本廟がある。親鸞の本当のお墓はどこなんだ?。色々調べてみると、さっきたまたま寄った仏光寺も浄土真宗であり、興正寺の七世が残したお寺さんなのだ。
ということで、今回の京都散歩は知らず浄土真宗の諸派を探訪する旅となっていたようだ。






























































