お盆に行けなかった父のお墓参りにいってきた。


この暑さでは墓花などあっという間にしおれるけれど


造花を買う気はないので、花屋さんで創ってもらった。


対にしないでください、というと




いいんですか?




いいんです、そのほうが。




華やかにしてください、とお願いする。


決して、華やかな人ではなかったので。




父は私が高校1年のときに亡くなった。


もともと体の弱い人だったから、私が物ごころつくころから


入退院を繰り返していた。


ひょろりと細い背中を丸めて歩くのは、たび重なる開腹手術のせいで


術後の歩行練習のときに痛みをこらえて歩いた後遺症だった。




退院してきても、スーツを着て会社に行くようになっても、


父の背中は弱々しくて、表情も冴えることがなかった。


食事をすませると、すぐに寝室に入ってしまう。


休みの日には本を読んでいるか、テレビを見ているか、


それも大抵NHKという、堅物そのものだった。





大学生になって、友人が平気で父親を迎えにこさせるのを見たとき


異様な気がした。


私にとって父は疲れさせてはいけなかった人


寝ていたら、起こしてはならなかった人


父が一言「しんどい」とこぼせば、


翌日には入院ということがままあることだったために


いつのまにかそんな接しかたが定着していた。




自分がファザーコンプレックスだということに気づいたのは

創作を勉強するようになったときだ。


父というのがわからなくて、


同じくらいの年恰好の人にイメージを重ねたのが始まりだった。


食事もお酒も制限の多かった父は


心から笑うということがなかったから


笑う人がいい、饒舌な人がいい、と思うのに、


心惹かれるのは、


堅物な父の原型に健康面だけをプラスした、気難しい人が多かった。







中上健次の娘・中上紀の「電話」は


父親とのことを書いた私小説的短編である。




突然、アメリカの留学先に父から電話がかかってくる。


20年前の回想から物語は始まる。


好きな人がいる、寺口りえ子さんとは離婚する、と


父は、長女である自分に告げた。


寺口りえ子は母の旧姓である。




旧姓に「さん」づけしてまで、母と離婚を宣言した父。


そんな電話を、なぜわざわざしてくる必要があったのか。


だれにもいえずにしまいこんできたことを、後年、


亡父の郷里に講演にきていたある先輩作家はきっぱりとコメントする。


「隣りに女がいたのよ、きまってるじゃないの」


その女にせがまれたのだ、と。




思い知らせるためなら、直接母にかければいい。


人生の半分も生きていない学生の自分になどにかけなくても。


当時はそこで行きついた。




その電話から3ヶ月後、父は癌になったと自ら報告してくるのだが、


女の存在を知らされていない母は名実ともに夫だと信じて看護する。


それは娘の目には「母」の姿だった。


妻が男の最後の母になるのなら、自分はなにになるんだろうか。




抗がん剤で記憶があやふやになってきた父は、


あるとき母が病室を出ていったあと、ベッドサイドにいる自分に右手をのばしてきて


2つの乳房の片方の上に手を置き、それを撫でたのだった。




父の意図したことはなんだったのだろう。


病魔に侵されて、若い女に触れてみたくなっただけかもしれないと


若かったころ、その程度にしか考えなかったことを


いまになって「自分」はこんなふうに感じる。






乳房は娘のものであると同時に妻のものだったのではないか。娘と妻とを間違えたのではなく、娘はこの世に生を受けた最初から守るべきわが子であると同時に、永遠に汚してはならない妻だったのではないだろうか。だが、脳を蝕んだ癌のせいで、禁忌が少し破られた。それだけのことのことだったとしたらどうだろう。









このくだりが心に残って、読後いつまでもせつなかった。


私は「永遠に汚してはいけない妻」ではなかっただろうけれど


もっと話せていれば、この空白感は埋まったのかなと思う。


その反面で、入退院を繰り返し、


なにかに絶えず管理されていた父は


一人の時間をだれよりも大事にしていたのかもしれないとも思う。


追いかけて話しかけなくてよかったのだと。


いずれにしても、こちらの憶測でしかないのだけれど。




菊の好きだった父に、


目のさめるようなハイビスカスは全く似合わないけれど


供えると、すっとあたりが明るくなった。


父に喜んでもらえそうなものを選ぶんじゃなくて


私のしたかったことをしてみようと思って買った花だった。




明日には枯れてしまうけど、


なかなかいいやん




そう思いながら帰ってきた。




文学2011 (文学選集)/講談社



¥3,465

Amazon.co.jp