「ヘルタースケルター」を観た。
沢尻エリカが魂を削って演じた作品。
魂を削る、芸術はすべてそこに通じていると思うのだが
欲望というテーマの底知れぬ狂気には
ひきこまれるものがあった。
美しくありたい。だれもが思う。
若いころはなにもしなくても美しい。
年を重ねると、少なからず陰りが出てくる。
内面の美を優先させる、というけれど
やはり美は外面の持つ要素が大きい。
コスメ関係に関わって、3か月がすぎた。
美に対する感覚はずいぶん変わったと思う。
それまで自然の美しさと創られる美しさを並べたとき
前者を選ぶほうが良しとする傾向が私には強かった。
もともと怠け体質のうえに
そこまでしなくても、という感覚。
たとえば、食す時間。
ダイエットというほどのことではないが、
夜8時以降は口に入れないとか
生野菜や果物など体を冷やすものは
夜は食べないなど
こまかな日常の注意点をどこまで守っていくか。
体への気遣いの一つ一つが
明日の自分を創りつづけているということを
いままでさほど考えたことがなかった。
だけど、目の下にクマを2ひき連れて人に会いにいくのと、
すっきりした表情で挨拶するのとでは格段に印象はちがう。
姿勢ひとつとってもそう。
一時間背もたれに凭れずに座っていられるか。
最初は10分でも長かった。
少しずつ時間をのばしていくと
凭れないことが当たり前になっていく。
創るというのは、贅沢をするとか
飾りたてることと同義ではないし、
整形を施して若く見せることでもない。
本来あるべきものを大切にする気持ち。
年とともに煩わしくなっていくことを
もう一度見直す気持ち。
言葉遣い、立ち居振る舞い、メイキング
どれをとっても
同じことがいえると思う。
少し気を配ることで見えてくる自分。
そこから扉はいくつも拓かれていくようにも思う。
「ヘルタースケルター」のなかで最後にとても印象的なことばがあった。
若さは美であっても、美は若さではない。
もっと深くて豊かなものだ。
