安全ピンや針は毎日のように買うのに、さあいるというときには一つだってない。
それは床下にいる小人たちのしわざね…。
メイおばさんが姪っ子ケイトに聞かせたのは、
幼いころ実弟が古い田舎の家で本当に見たという小人の話だった。
子どものころに読んだきりだった「小人の冒険シリーズ」全5巻を読了してみると
あのころには気付かなかった生活の知恵やこまやかな描写のなかに
借り暮らしやたちがいかに心をこめて日々の暮らしを愛していたかがうかがえる。
生きるということは、生活を愛すること。
暮らしのなかのさまざまなものを慈しむこと。
自然の草木や虫、光や風…
さっきたしかにここに置いたはずなのに…
そういうときは、「小人たちのしわざね」
そんなふうに話せる心のゆとりをいつごろから忘れてしまっただろう。
初版は1969年。
床の下に住む借り暮らしの一家は
主・ポッド、妻のホミリー、娘のアリエッティ。
以前はまだふた組の借り暮らしやたちがいたけれど、
いまこの家にはポッドたち三人しか残っていない。
ポッドが人間の生活のなかから「食べ物を借りてくる技術」が高かったからだった。
ところがあるとき、ポッドは上の家の人に見られてしまう。
それはその古い田舎の家にリューマチの療養にきていた男の子。
借り暮らしやたちは見られてしまうと、移住しなくてはならない。
だけど、ポッドやホミリーの忠告をよそに、
アリエッティは少年とことばを交わし始め、
やがて、少年はアリエッティたちの暮らしに手助けしてくれるようになった。
上の家の使っていない人形の家から台所を持ちだしてきてくれたり、
椅子を差し入れてくれたり。
それはそれは夢にまでみた黄金時代の始まりだった。
ところがそこまでならよかったものの、男の子は応接間のきらびやかなものまで
差し入れてくれるようになり、借り暮らしの家のなかは物であふれかえることに。
憧れの家具に囲まれた生活はしだいに落ち着きをうばっていき
とうとう上の家にいるドライヴァおばさんに気付かれることになってしまった。
警察を呼んで、ねずみ取りやを呼び、
いまいましい小人たちをいぶしだそうと計画され…
その後の小人たちの暮らしは、
野に出ていき、空をとび、シリーズ5巻まで生き生きと描かれている。
映画になった「借り暮らしのアリエッティ」では、
ストーリーとしての物足りなさは否めないものの、
ポッドがどんなふうにして上の家から借りてくるのか、
小道具が丁寧に描かれてあって面白かった。
とくに、物との大きさの対比は
視点を鋭角に捉えることで演出していて、
角砂糖一つ取ってくるのも命がけのポッドの姿に惹きつけられた。
名言があるわけでも、大きな起伏があるわけでもないけれど、
小人たちの会話は耳をすませば
たしかに聞こえてくるようなリアリティに満ち溢れている。
人間の暮らしのなかの小人たち。
同じように、広い宇宙のなかの「私」も
借り暮らしやの小さな小さな小人。
オドオドして、ドキドキして、歩いていたい
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