40歳にもなって「描かずにはおれないのだ」という衝動にかられ、
妻と子どもを棄て芸術の道に走りだした元株仲買人チャールズ・ストリックランド。
画家ポール・ゴーギャンの伝記に暗示を受けて描かれた小説という構成が興味深い。
ゴーギャンの伝記ではないのに、伝記を読んでいるような気持ちになる。
なにが彼をそう決心させたのか。気が狂ったとしかいいようがない。
その彼の絵は、5年後、パリで再会した「僕」の目に、
偉大なる創造性どころか失望すら感じさせる。
だが、なんの印象も残らなかったかというとそうではなく、
なにか途方もない秘密が隠されているような気がする。
見る人の心をイライラさせる作品で、分析しきれない感動なのだ―。
これは、そのままチャールズ・ストリックランドの印象ともいえる。
つかみどころのない不可解で矛盾だらけの男の印象を「僕」は
「適切にいい表す言葉を知らない」といいながらも
「不思議なハーモニーとなにか前人未到の範型 とを匿しているように思」える。
あらゆる表現をもって輪郭を描こうとしているのだが、
どういい表わしてもストリックランドを的確には表せない。
それは最終章まで謎解きのようにつづいていく。
「なぜかわからないのだが」ということばとともに。
なぜ「わからない」のか。
語り部「僕」とストリックランドがあまりにもちがいすぎる。
文筆業の僕は常識を持ち、ためになり、
よいと思うことを禁欲的に苦行としてつづけていく青年である。
反面、ストリックランドの生き方には目的がない。
ただ純粋に「絵が描きたくて」安定した生活を棄てる。
有名になりたいとか利益を得たいというのでもない。
パリにわたってからも生活は貧困を極めていたが、
そこで重病を患う自分の看病してくれた三流画家ダーク・ストルーヴの妻と
関係を持っても、性欲のままに行動しただけで執着はない。
それどころか、自殺したミセス・ストルーヴに対してなお、
女は男の魂をすぐに家計簿のなかに閉じ込めたがる。
そうして支配したがるくせに、こちらのいうことは聞いてくれない。
そっとしておいてほしい。と「僕」に打ち明けるのだ。
タヒチに移り住んでからも、貧困な生活は変わっていかないが、
生前交流のあったブリュノ船長は
ストリックランドの住んでいたあの場所ときたら、エデンの楽園さながらの美しさなんだな。(中略)
一切の外界からソッと切り離された人隅、仰げばあの青い大空だし、
四辺は咽せ返るような樹立の繁りだ。
いわば色彩の饗宴というやつだな(中略)とにかく奇怪きわまる光景だが、
その家で過ごした夜は物音ひとつしない、花の香りにむせぶような美しい夜だった。
そこでストリックランドは一切の世界を忘れ、世界からも忘れられて
アタという土人の嫁をもらい、なんにんかの土人が座わる
びっくりするほど不潔な崩れかかった住まいで絵筆を握りつづけた。
ハンセン病で亡くなるまで、彼は「描きたくてたまらなかった」人生を生きたのだ。
勝手極まりないかもしれない。
だけど、この一途さに惹かれる。
見返りなど期待せず、ただ描く。
ハンセン病にかかってから交流のあったドクトル・クトラが語ることばが印象的である。
「私は決して、あの男が好きじゃなかった。先刻もいったように、どうも虫の好かん男だった。(中略)とにかく人間業苦の中でも、もっとも恐ろしい業苦をああしてじっと耐えているあの男の克己的な勇気にはほとほと感心しないではいられなくなった」
これこそが周囲の彼への精いっぱいの理解だったのではないかと思う。
わたしには、勇気でも業苦でもなく、
ただ描かずにはいられなかった、その狂おしいほどの思いだけだったと思う。
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