名人が予選からとは、王位戦もなかなか厳しいものがあります。
 
藤森哲也五段も 名人にはチョット届かなかったようです。
 
以前の資料を見ていると 時々 なっちゃん 登場します。
 
NHKの棋譜読み上げなど 長かったですよね。
 
 
そんなころの 羽生さんの横顔 です。

 

 
<帯>  現代ニッポンをリードする各界のカリスマを「読み解く」人物論!
 
 
<目次>
北野武論 その男、不死身につき                  渡部保
中村吉右衛門論 吉右衛門の芸                       渡部保
松本人志論 ひとりぼっちの暴走族                 布施英利
羽生善治論 新人類棋士の「秋」                  石堂淑朗
野茂英雄論 野球の申し子には大リーグのユニフォームがよく似合う 玉木正之
小林よしのり論 無気力世代を動かすカリスマ            桐山秀樹
武豊論 A Sporting Life                     月本裕
野村萬斎論                          千草子
周防正行さんのこと                          岩松了
かわぐちかいじ論 『沈黙の艦隊』を描かせた恐怖感         青木謙知
CHAGE&ASKA論 定点観測者                      宮澤一誠
山本容子論 死ぬまで灼熱の人でいて             浅間里江子
松田聖子論 ミラーボールレディ                  高橋章子
天海祐希論 「ユリちゃん」と「アマちゃん」の間         佐藤友紀
 
 
 
ベネッセが出版した月刊文芸雑誌『海燕』(1巻1号(1982年1月号)から15巻11号(1996年11月号)まで発行。吉本ばなな・小川洋子・島田雅彦らを世に出した)の1995年6月号~1996年10月号掲載分の書籍化です。
 
目次のとおり1990年代を代表するエンターテイナーが勢揃い。
 
山本容子さんは、FBでフォローさせていただきました。
 
 
 
(羽生善治論  新人類棋士の「秋」 石堂淑朗) 1995年8月号掲載、七冠失敗の年
 
石堂さんが将棋観戦記を初めて書いたのは、升田先生引退対局となった昭和54年の青野六段戦で、10年ほど続けられたようです。
 
石堂さんの立ち位置は、『将棋界の若き頭脳群団(チャイルドブランド)』をみるとよくわかります。

 

 

 
昭和が平成に移り変わる頃から書かなく、あるいは書けなくなってしまった。
 
話は簡単で新人類といわれる世代の棋士たちと話が通じなくなってしまった。
 
ただし幸運にも羽生善治の登場だけはしっかりと記憶に止めての観戦記者引退である。
 
 
次男に将棋を教えたところたちまち勝てなくなったので、・・・デパートの将棋大会に連れて歩いた。
 
すると何処に行ってもカープの赤ヘル帽を被ったやたらに強い、倅と同い年の小さな子がいる。
 
ある大会で、倅より遥かに強い同門のO君が赤ヘルに大打撃を受けて半泣きになった。
 
親子は顔を見合わせ、無言で倅のプロ志向を廃棄処分にした。
 
 
羽生が五段の頃の将棋を二度観戦している。
 
米長戦では一筋の端に食いついて離れず、遂に侵入に成功して九筋に逃げた王を見事に打ち取った。
 
米長は手も足も出なかった。
 
困った将棋を指すのが出てきた、という惑い表情を米長は隠すことが出来なかった。
 
田中(寅彦)とのときは、羽生が顔を上げて相手を見た時、田中も負けずに顔を上げ、期せずして両者しばしの睨み合いと相なった。
 
棋士同士のあんな睨み合いは後にも先にも見たことがない。
 
私は対局室を飛び出し無人の廊下で思いっ切り呵々大笑したのである。
 
 
さて、芹沢博文九段が、羽生の将棋はコピー将棋だとこきおろしたのである。
 
このあけすけな”侮蔑”に羽生は、”私は気にしていません”と黙秘権を行使した。
 
彼の死後その予言が殆ど当たっているのには感心するばかりであるが、羽生の評価だけは違ってしまったのである。
 
羽生の例外的な終盤の強さを、嘘か誠か同世代の人気者、先崎学六段に言ったとされる 「終盤の手筋は八百に分類されます」 という台詞に見ることにしたい。
 
 
今彼が一番頭を悩まし、使っているのは序盤から中盤への移行の部分らしい。
 
彼が時々不可解な負け方をするのは、この部分で新しい手筋、或いは新手を発見しようとするからであるというのが「羽生評論家」田中寅彦の観察である。
 
 
今新人類棋士たちはあちこちで研究会を結成、新しい手が発見されると明くる日はもう誰かが使う。
 
他人の新手を使うのは悪いことでも何でもない。
 
知らないことこそ恥さらしである。
 
 
少なくとも10年は続くと我人共に思っていた谷川の天下は羽生によって呆気なく崩されてしまった。
 
その羽生が己の天下に秋が近づくのを予感するのである。
 
名人位目指して昇級昇段を続ける程の棋士は、六段七段の頃が一番強いとされる。
 
ならば羽生善治名人の棋力のピークは今や去りつつあるのかも知れない。
 
源平の昔から世界はライバルのせめぎ合いを望んできた。
 
升田・大山、中原・米長、に続いて谷川・羽生の捩り合いがあってこそ将棋ファンの血も騒ぎ続ける。
 
 
石堂さんの 「谷川がんばれ!」 が聞こえてきます。
 
芹沢先生に洗脳されているのでしょう、羽生さんに辛口、谷川さん贔屓が目立ちます。
 
羽生さんの登場によって、観戦記者が如何に振り回されたか、感じ取れる一文です。
 
藤井さんの登場によって、現在の観戦記者の世界はどうなのでしょう?
 
 
 
         作者 : 石堂淑朗ほか
         発行 : ベネッセ
         1997/1/10 初版