分かれの話をもう一つ。
彼はDF中心選手として綾羽高校では2016年に滋賀県代表としてインターハイに出場した。高校卒業後は流通経済大学に進学。
2021年シーズンから松本山雅FC加入内定が発表され、綾羽高校出身者として初のJリーガーとなった。
彼は山雅に入団、初年度からCBとして20試合に出場した。
彼のポジションはCBの右サイドを担い毎年コンスタントに試合出場して山雅の守備を統率してくれた。
DFとして183㎝の高身長を活かした空中戦では強さを発揮し、更に攻撃面では3年連続して3得点以上を挙げていた。
特に2024年3/2に行われたFC琉球戦の後半ATに奪ったヘッドによる得点で何とか負け試合を拾ったこともあった。
この試合での彼のゴールがJ3リーグ通算7000になる記念ゴールとなったのだ。
2025年シーズン、4/26の北九州戦では貴重な得点で2対1の勝利に貢献してくれた。
彼の名前は野々村鷹人選手。
それでも昨シーズンは悔しさも何度か味わったシーズンであった。
4月に行われたFC岐阜との試合では、闘志が前面に出てしまい一発退場を味わった。
<『心は熱く、頭は常に冷静に・・・』>FC岐阜との対戦を前に(その2)
そして終盤戦の北九州戦、J2昇格プレーオフ進出の可能性が残る北九州は反撃を仕掛けてきたが、彼はDFとして「戦う闘志」を貫いてくれた。
前半、野々村選手が頭から出血し、包帯を巻いた姿でボールをはね返してくれた。
何れにしても彼は今まで山雅のDFリーダーとして闘志を剝き出しにして山雅の守備を統率してくれたのであり、残念でならない。
それでも移籍先である秋田はカテゴリーが上のJ2リーグへ個人昇格してくれたのであり、
その舞台でも活躍してくれることを願うものです。
(つづく)
(山雅フォトギャラリーより、北九州戦での野々村選手)
彼の退団コメントのリンクを掲載しておきます。









