1988年10月20日ージョン・万次郎とジョセフ・ヒコー | LETTER

1988年10月20日ージョン・万次郎とジョセフ・ヒコー

鎖国時代の日本でも、数奇な運命によって

海外に行った日本人は少なくない。

そのほとんどが、船が嵐で難破。

外国の船に助けられ、そのまま、連れていかれるケースだ。


なかでも有名なのが「ジョン・万次郎」

土佐の沖で漁船が遭難、アメリカの捕鯨船に救われ、

同国に渡り、のち、日本に戻って通訳となって活躍した。

本名、中浜万次郎。


「ジョセフ・ヒコ」も、よく知られている。

万次郎が遭難した9年後の1850年、江戸見物をして

10月20日に兵庫に帰る途中に船が沈没した。

そして、彼もアメリカの船に助けられ、

サンフランシスコに渡った。

仲間は17人いたが、ここで、彼だけが才能を認められて

教育をうけ、アメリカ市民権までとる。

日本に帰ったのは9年後。

やはり通訳で活躍した。

本名・浜田彦蔵。

リンカーンに会ったことのある、ただ1人の日本人でもある。