1988年10月30日ー教育勅語・御名御璽ー | LETTER

1988年10月30日ー教育勅語・御名御璽ー

「タッカー」 面白かったね。

アメリカには、悪の天才も多いけど、あのように

夢を絶対に、追いつづけるのがいる。

それを、また、アメリカ人は信じているんだ。


ところで、きょうの日付は、戦前に学校にいった者には

忘れることができない。

「明治二三年十月三十日」

そしてこのあとに、こうつづく。

「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」

教育勅語の最後の部分だ。

「御名御璽」は、「天皇の名前と判」という意味。

いちいち、天皇の名前を言うのは、おそれおおいというので、

こういう言葉を使う。

むかしは、教育勅語と御真影(天皇の写真)を守るのが

校長の義務だった。作家・久米正雄の父様も校長だったが、

火事で、どちらも焼けてしまった責任をとって割腹自殺した。

処女作「父の死」は、それをテーマにした。


2010年10月30日

父とよく映画をみにいった。

「タッカー」は本当に素敵な映画だった。

アメリカンドリーム!アメリカに行ったら、どんな夢も実現できる!

そんな風に、幼いころの私は思ったものだ。


御名御璽、「ハリーポッター」のヴォルデモートを連想した。

名前をよぶのは恐れ多いから「名前をよんではいけないあの人」

「例のあの人」などの表現が使われるヴォルデモート。

こんなこと、思えるようになったこの時代は幸せなのかもしれない。