1988年9月29日ー安田善次郎と安田講堂ー
東大のシンボルといえば安田講堂。
この名前は、寄贈者の安田善次郎の名前を
とってつけられたものだ。
安田善次郎は富山藩の下級武士だったが、
江戸で、でっち奉公ののち、両替店(江戸時代の一種の銀行)
を開き、維新の混乱に乗じて、巨万の富を得た。
この金でつくった安田銀行(現在の富士銀行)や保険会社
などのグループを安田財閥という。
しかし大正10年9月28日、暴漢に襲われて殺された。
社会事業への寄付を断ったのが理由だが、
実は、社会事業もやっていた。
その一つが安田講堂への寄付。
日比谷公会堂もそうだ。
安田講堂は大正14年に完成。
昭和44年、大学制度に反対する学生が立てこもり、
機動隊を大攻防戦をやった。
このため、内部は破壊され、火えんびんで焼けたが、
このほどやっと、全面改修が決まったそうだ。