1988年8月2日ーフォッサマグナー
明治の初め、日本は多くの外国人のお世話になり、その人たちを通じて、
日本のことを逆に教えてもらった。
「少年よ大志を抱け」と言い残した札幌農学校(今の北海道大学)の
クラーク教授、大森の貝塚を明治10年に発見したアメリカ人のモース、
日本の怪談を愛したラフカディオ、ハーンなど数え上げるとキリがない。
明治8年にドイツから招かれた地質学者のナウマンも忘れてはならない。
来日する やいなや、1日20キロも歩きまわり、日本列島が新潟と静岡を
結ぶ線上にある大断層で、真っ二つに裂けていることを発見した。
これを「フォッサマグナ」(大断層という意味のラテン語)
このときナウマンは21歳。この前に行った北陸自動車道の
トンネル掘りは難工事だった。
この断層のため地質が複雑で、すぐに落石がおきたからだ。