1988年7月26日ー大田道灌ー
江戸城を築いた大田道灌が、主人によって謀殺されたことは知らなかった。
ある新聞によると文明18年(1486年)のきょう7月26日、上杉定正の屋敷に
招かれ、風呂に入って、出ようとしとき、切られて死んだそうだ。
上杉家に仕え、領地を広げるなど、ずい分戦功もあったのに、
なぜ殺されたのだろう。
どうやら、小さい時から、少々、頭のいいことを、鼻にかけることが
あったらしい。
父に、こう書いて、 それを戒められた。
「驕者不久」(おごる者、久しからず)」
まだ幼かった道灌は、ただちに、こう書き替えた。
「不驕又不久」(おごらざれば、また、久しからず)
=久しからずとは長生きしないの意
死んだ時は55歳。父の心配は当たった。
しかし、殺される時、道灌は「この家は間もなく滅ぶ」と叫んだ。
上杉家も、衰退したという。