1988年7月16日ー板垣退助ー
日本人にも、ときどき、ずいぶん、カッコのいいことを、言う者がいる。
「板垣死すとも、自由は死せず」
明治15年、岐阜の演説会場で、何者かに刺されたとき、時の自由党総裁の
板垣退助が叫んだ言葉といわれる。
(つくり話、という説もある)
彼は高知県(当時の土佐藩)の武士。明治維新の時、政府側につき、
会津攻略に手柄をたてた。
しかし、その時、会津藩の悲惨な最後をみて、民衆が権力を持った
政治をしなくてはならないと思った。
これを自由民権思想という。
いまでいえば民主主義だ。だから、あの言葉が出てきた。
しかし後に伯爵となった。変節だ。けれども、死ぬ時には、
「華族は一代でよい。伯爵を受け継ぐな」と子供には遺言、
一応筋を通した。
大正8年7月16日、没。