1988年6月20日ー島流しー
むかし、刑罰の一つに「島流し」というのがあった。
「遠島(えんとう)」「流刑(りゅうけい)」ともいう。
交通が不便だったころだから、「島流し」は死罪(死刑のこと)に次ぐ、重い刑だった。
といっても、そんなに遠くない。
源八郎為朝(みなもとはちろうためとも)が流されたのは伊豆の大島。
後醍醐天皇は隠岐(いき)・対馬(島根県の沖)。
その中でも有名なのは鬼界が島(きかいがしま)だ。
平家 を倒そうとして、辛抱が発覚、犯人の1人の僧俊寛(しゅんかん)が流されたのは安元三年(1177年)
6月20日のこと。近くを通る船に「待ってくれ」と叫びながら、2年後にやせおとろえて死んだ。
これも鹿児島の南の端から30キロしか離れていない。
ただし今の名前は硫黄島。前の戦争で日本軍が玉砕した硫黄島とは違う。