1988年6月16日ー明治三陸自身・津波ー | LETTER

1988年6月16日ー明治三陸自身・津波ー

東北地方の寺などに行くと、次のように書き込まれた(彫られた)墓が、よく目につく。

「明治29年6月15日没」

この日、三陸地方を襲った津波で死んだ人たちだ。

「三陸」-よく天気予報で「低気圧が三陸沖を通過」などという。

青森から宮城県の仙台近くまで海岸のことを三陸海岸と呼ぶ。

むかし、陸奥(むつ)、陸中(りくちゅう)、陸前(りくぜん)の3つの国が、この海岸沿いにあったからだ。

地震の名所でもある。だから津波もよくおこる。

このときは、高さ24メートルの波が村や町を飲み込み、2万7千人が死んだ。

昭和8年3月3日にも、すごい津波があった。

このときの波の高さは35メートル。死者は3千。

35年5月にはチリの地震でおきた津波が三陸までやってきたこともある。