1988年6月5日ー海外で事件に遭遇した時のための心の準備ー | LETTER

1988年6月5日ー海外で事件に遭遇した時のための心の準備ー

台湾で誘拐されていた日本人小学校3年の大田君が1週間ぶりに無事開放された。

よかった。けれども、犯人に800万円も払って、やっと返してもらったんだ。

日本人も、これからは海外に行くとき、こうした誘拐、ハイジャック、テロを覚悟しないといけなくなった。金持ちだと思われているからだ。

○○○ちゃんも、いまから、心の準備をしておく必要があるね。そのためのトラの巻きも出ている。

その中には、こんなことが書いてあった。

「銀行強盗と警官との間に撃ち合いが始まったら、足を犯人側に向け、カバンを背中にのせて伏せること」

随分、生々しい。けれども、日本人は、こういう経験がないので、「伏せる」ことが世界中でもっとも下手だといわれる。お父様もローマの空港で拳銃を持った警官を見たとき、「伏せる」練習をやっておかなければと思ったものだ。


2010年6月

学生時代、語学研修のエクスカーションでラスベガスに行った。カジノで遊んでいると、突然警官が大きな声で叫び出し、発砲した。周りの人は、すぐに床に伏せていたが、私はポカーンとブラックジャックの椅子に座ったままだった。一瞬、何がおこったか分からなかったのだ。何秒か遅れて、しゃがみこむのがやっとだった。まるで映画でも見ているようなリアリティーのなさ、でも一歩間違えば命を奪われていたかもしれないのだ。


OL時代、ロスのDFSでの買い物に友人と夢中になって、あっという間に閉店時間を迎えてしまった。DFSから、追い出されるように外に出ると、すでに暗くなっており、旅行会社が運行しているシャトルバスもなくなっていた。知り合いに迎えに来てもらおうと公衆電話に向かったが、電話は壊れていた。途方にくれていると、遠くから男数名が歩いてくるのが見えた。黒人だ。私たちを指差している。後ろに振り返ると、反対側からも黒人数名が歩いてくる。身の危険を感じた。こちらは、ブランドの紙袋をたくさん抱えている。身の危険を感じた。

そのとき、パトカーがとまり「こんなところで何してる?」と警官が聞いてきた。突然のことで、何を言っていいか分からなかったので「電話が壊れていて・・・」と答えた。すると、警官が「はやく乗れ!」と言ってくれ、私たちは急いでパトカーに乗った。近くのホテルまで送ってくれて、そこからタクシーで宿泊ホテルまで帰った。

あの時、もしパトカーが通らなかったら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。若い頃は、危険と隣り合わせの生活をしていても、楽しいことを追い求める力の方が強く作用し、あまり怖いと思わないものだ。だから、いろんなことに挑戦できるのかもしれないが・・・。