1988年5月4日ー柔道の国際化と嘉納治五郎ー | LETTER

1988年5月4日ー柔道の国際化と嘉納治五郎ー

柔道は、日本のお家芸だった。

お家芸というのは知っているね。

その家に昔から伝わっていて、その家の人にしかできない芸のことだ。


歌舞伎などで、よく使われる。

その、お家芸だった柔道も、戦後、国際的になってから、いまは、外国に、お株を奪われることが多い。


仕方がない。


しかも、柔道を、これだけのものにした人が、国際化を進めたんだから。


講道館を始めた、嘉納治五郎(かのうじごろう)だ。

戦前、日本にオリンピックを持ってこようと、一所懸命に走り回り、

ついにベルリンオリンピック(昭和11年)の次の昭和15年に日本で開くまでに、こぎつけた。


けれど、戦争。流れてしまった。

そして、嘉納は海外の帰路、船中で死ぬ。

昭和13年5月4日。78歳。