ケイタロスです。ちょっと尖ったタイトルになってしまいましたが、今回は留学における「コスパ」について書いていこうと思います。
今回この内容を書こうと思ったきっかけは、とあるネット記事で、「ネットでほとんどの情報が得られる今の時代において、留学はコスパが悪い」みたいな話を読み、違和感を覚えたからです。
ちなみに過去にも「学部からアイビーリーグに行くのってコスパ悪いし意味なくね?」みたいなツイートを拝見した時も、違和感しか感じませんでした。
こういうことを言っている大人に聞きたいのですが、そもそも「コスパ」って何ですか?あなたにとっては”コスパ=生涯獲得賃金÷教育費合計”なんですか?人生の目的ってこの”生涯賃金÷教育費合計”を最大化することなんですか?
仮に人生の目的がこの”生涯獲得賃金÷教育費合計”によって得られる指数なのであれば、「留学はコスパ悪い」理論は一理あるかもしれません。特に僕の通っているブラウン大学の今年のestimated cost of attendanceは日本円にして「960万円」です。4年間合計すると大体「3800万円」。これってどれくらいかというと、例えば年間約50万円の東大には「76年間」通うことのできる額です。毎年東大の約20倍の金額を払っているわけです。
↑今年のTotal Estimated Cost of Attendance。日本円にして約960万。
にもかかわらず、ブラウンに進学したことによって、もし僕が東大に進学していたときの生涯賃金の20倍を稼げていただろうか、と考えた時に、そうではない確率の方が高いだろうと考えています。それでも僕はブラウン大学に通っています。その理由は紛れもなく、僕の人生の目的が”生涯獲得賃金÷教育費合計の最大化”ではないからです。
とはいえまだ人生の目的なるものは不確かでもあります。将来何をしたいかという具体的なプランなど全く持ってありません。ただ確かなことは、「留学に金を使ったんだから、元をとってやろう」とか「このクラスはコスパが良さそうだから履修しよう」みたいな事は一切考えたことはありません。そもそもそういう思考をしていれば留学なんてしていないし、分母である教育費を最小化し、必要に応じてオンラインのクラスでも取っている事でしょう。
僕にとって人生における「コスパ」なんてどうでもいいつまらない話なんです。もっというと、僕の両親は一生懸命働き、多額の学費を調達してくれていますが、仕事をしている時のモチベーションが、「息子が将来コスパの良い人生を送れるようにするため。」ではないということを確信しています。
たまに思うのですが、小学校時代は遊びたい気持ちを我慢してまでサピックスに行き、やっとの思いで名門中に合格するなり、鉄緑会に通い、大学に受かれば幸せになれると思いながら東大や医学部を目指し、大学に入ったらコスパの良いキャリアを考え始める。こういう生き方してると、大学卒業後ある程度自力でお金稼げるようになった時何を思うんでしょうかね。コスパの良い老後生活のためにやりたくもない仕事を必死でやるんですかね。老後になったらどうでしょう。コスパの良い死に方でも考えるんでしょうか。死に際に、「自分の人生のコスパは良かったのだろうか。」と自らの人生を振り返るのでしょうか。
だから僕自身の人生に「コスパ理論」は必要ありません。今はただ、「異国の地で、ハイレベルな学習環境で、他のどこでもできない刺激的な学びの経験をする。」この現在進行形の体験にフォーカスすれば良いと思うんです。今の僕にとってはこの体験をできていることを他の何よりも幸せに感じています。
周り日本人と友達と違い、幼少期の海外生活経験がないため未だ英語には苦労するし、発音を馬鹿にされることだってある。勉強も大変で睡眠時間が足りないこともあるし、時には夢の中でも課題のことを考えていることもあります。ですが、こうやって精神的、肉体的に追い込まれることはあれど、何をするにもやりがいに満ちていて、僕のアメリカ留学は今まで以上になく充実している時間だと感じています。
このように、訪れる保証すらない未来のために今この瞬間を犠牲にするのではなく、今この瞬間のた目だけに今という時間を使う。そうしていれば結果は人生のどこかで現れると信じているし、たとえそうでなくとも、「コスパの悪い人生だった。」と呟きながら人生を終えることはないということを確信しています。













