私は何でも自分なりの定義、解釈をつける癖があるので、また考えました。
文明は、狭義(普通)には、科学技術の力により物質的に発達させた状態・・・と辞書にあります。
文化は、狭義(普通)には、人間の精神的な活動の成果・・・とあります。
何となく、そうかぁという感じです。
文明が発達した国、地域というと、日本(東京)は間違いなくそうでしょう。
近代的なビルが立ち並んで、情報に溢れていて、高速道路や地下鉄が網の目の様に・・・
だったら、フランス(パリ)はどうですか?
日本と比べて文明は?
近代的なビルはあまりありません。
地下鉄も汚くて古臭いです。
走っている車も古臭いです。
テレビも番組数も少なく、編集、効果技術も幼稚です。
だから、日本の方がフランスよりも文明が進んでいると感じますか?
と言うより、比較はあまりしませんよね。
どうも、文明に於いて、科学技術はそれほど大きなウェイトを占めていないと感じるのです。
私は、文明とは、どれだけ動物的本能を隠しているかというバロメータだと思っています。
ちょっと、気の利いた言い方をすると、非日常(特別)がどれだけ多いかということです。
人間の大きな本能に性欲や食欲があります。
歴史を重んじる国になればなるほど、人前でそれらを出すことはタブーとされます。
年頃になれば、異性への興味が怒涛の様に湧き上がるはずです。
動物ならば、盛りが来たと言って日常のことでしょう。
しかし、文明国家では、それは恥ずかしいこと。
陰でこそこそやらなければならない、非日常、特別なことです。
100%の人が同じことをすると解っているのに、人前では興味が無いふりをしなければならない。
食欲もそうです。
犬や猫は、食べたい時に食べたいものを、わき目も振らず、がっつきます。
生きるための日常です。
人間は、一日に三回に分けて特別な行為にしています。
食べ方にもいろいろなルールをつけて・・・
動物は生きるために本能をむき出しにしますが、人間は、様々な理由で、その本能の一つひとつを非日常(特別)化して来ました。
その非日常に逆らうと恥ずかしいという感情を植え付けることで、秩序を護ります。
非日常が多い国や地域は、システム(統制)化が進みますから、当然、科学技術が発達します。
結果、文明国家は科学技術も発達していることになる・・・のではないでしょうか。
本能を隠せば隠すほど、文明度が上がる・・・
ギクシャクしますよねぇ、そんな世界。
そこで、登場するものが文化です。
文化は、その隠した本能、つまり非日常をオブラートに包んで表現する、表に出す手段だと思うわけです。
文化的なものの多くが、艶っぽい、つまり性欲を満足させるものですよね。
食事にしても、日に三度しか機会がないので、一食一食を大事にするようになった、つまり文化が発生したのではないでしょうか。
集団社会、宗教、支配、権力、治安・・・、様々な理由で必要になった文明化(本能否定)。
隠した本能は全て生きるために不可欠なものだから、不満を解消するために文化が生まれた、と。
文明と文化のちょっと、うがった見方でした。
・・・おわり
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