子供の頃になりたかったモノは何ですか?てのを訊かれた。
なるほど、ケーキ屋さんだとか、消防士だとかいうアレである。
私の場合は、ニュースキャスターだった。
スタジオパークへ連れてってもらって、アナウンス体験をしたこともある。
何でか?はわからないが、小さい頃はニュースを見るのが大好きだった。
“推しメン”は、当時NHKニュース7を担当していた宮田さんだった(既に退職)。
では、今ニュースキャスターになりたいか?というと、NOである。
私は滑舌が悪いのだ。他に合っている人がごまんといるだろう。
現在でも、良いとはいえない喋りだが、実は、これでもマシになったほうである。
ニュースキャスターを志す?前の、3歳の時、私は問題を抱えていた。
はっきりとした発音ができないというものである。
例えば、自分では「た」と言っているつもりでも、相手には「あ」と聞こえるのだ。
両親は俺の言っていることがわかる。でも、“友達”や“友達のママ”は、俺が何を言っているのかわからない。
これは困った、幼稚園入園も迫っている、ということで、
治療をするために、慶應病院へ通うこととなった。結構、頻繁に通っていた。
担当の先生(看護師?)は後藤先生という方だった。
おそらく、今は45歳くらいになっているだろうか。想像がつかない。
病院の1階には購買部があって、そこの五目弁当がお気に入りだった。
しかし私は具を食べきれず、母に片付けてもらっていた。
毎回の治療で何をしたかは、よく覚えていない。
が、何やら奥まった部屋で、これ言ってみてとか、やっていたような気がする。
そんな中で唯一、鮮明な記憶を残す回がある。
ある日のこと。医療器具がやたらとある、実験室みたいな部屋に通された。
ベルトつきの椅子に座らされ、逃げられないように固定された。
医師と助手の2人が、俺を囲んで何やらやっている。
助手が、ヨーグルトみたいな外見の、純白色の液体を持ってきた。
俺に向かって、このお薬は、どんな味がするかな?メロン味?イチゴ味?と話しかけてきた。
そんなもの、メロン味なわけないだろう!アホか!と心の中で思いつつ、
何だろうねーとか話していたら、次の瞬間、医師が鼻の穴からいきなり管を通してきた。
鼻から注入された液体は喉の奥へ伝わり、味もヨーグルトっぽいのを確認した。
ここから先はよく覚えていない。
終わり際、よくがんばったねぇ-!と医師・助手・母に褒め称えられながら、実験室をあとにした。
1階に降りると、後藤先生が待っていて、お疲れさまと言われた。
玄関でバイバイをしたあと、信濃町から電車で家に帰った。
おかげさまで、そのあとは順調に会話ができるようになっている。







