2018年10月6日

太陰暦1868年8月21日は太陽暦の10月6日に相当します。150年前の本日、会津藩(東軍、真官軍)と新政府軍(西軍、偽官軍)との戦が開始されました。
戦闘の経緯や原因は様々な文献等に詳述されておりますが、真夏の日付が実は旧暦であり、新暦に換算すると秋の初頭である事は意外と見落とされております。冬の到来が間近な会津地方での不可避の戦争に際して、遊撃戦か籠城戦かの論議が為されて後者となり、晩秋に開城となった事は周知の通りですが、前者にて真冬の会津地方での戦闘となった場合は1812年のロシアと同様になった可能性があります。
新政府軍の奸計により一瞬にして正規軍が逆賊となり、反乱軍が正規軍になる辺りは米国の有名な映画と全く同じ展開であり、参考にしている可能性が考えられます。
この会津戦争は当家の歴史の中で最大の出来事であり、150年目の日に本稿を作成するのは不思議な縁でもあります。戦争の経緯と共に当家とのかかわりを御紹介致しましょう。

音楽史研究家 郡修彦